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教育を受ける権利,教育を受けさせる義務とは?わかりやすく解説

(一) 憲法二六条一項は,「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育 を受ける権利を有する」と定め,国民の教育を受ける権利を定めている。
この教育を受ける権利の性格については,大別すると三つの要素があるといわれている。

憲法二五条の保障する生存権の文化的側面を担うものとしての意義
憲法の理念にもとづき,その目的に沿って, 新しい主権者となるべき教育を受ける権利としての要素
③人間は,生来学習し, 成長,発達していく権利を有するという,学習権の側面である。

従って,教育を受ける権利は,憲法二五条によって包括される社会権の一貫として考えなければならず,社会権が一般的に,宣言的規定の性格しか有しないことを克服しようと,右の三要素を手掛りに,直接的な請求権をも包含するものとして, 教育権を構成しようとする試みもなされている。
憲法は,人間が自然状態から生来的に保有している人権としての自然権のほかに,社会国家的理念により,国家に対して積極的な施策を求める,いわば国家の存在を前提とした社会権を定めている。
このような社会権は,権利の実現が国家の積極的行為によりなされるため,人権そのものが規定されている場合には,それは国家の進めるべき施策を宣明したものにすぎないから,具体的な請求を基礎づける権利としての性格は稀薄なものとなる。
しかしながら,そのような権利であっても,人権を保障するための制度を憲法がそれ自身のなかに定めている場合には,このような制度的保障の規定を通す限りで,権利の実効性が顕在化してくるのである。
すなわち,社会権の規定は,国家が制度を創設する立法政策の方向を示す意義を有しているが,その制度そのものが憲法内部に定められている場合には,その法的効力が実体化してくるのである。
もとより,教育を受ける権利は,教育を受ける義務との対比から理解されなければならないが,憲法二六条が義務教育を保障しているのであるから,向けられるべき施策は,貧困者にとっての高等教育の機会を保障することにあるというのも真理である。
さらに,本条は,能力に応じて教育を受ける権利を定めている。
能力に応じてとは,競争試験などによる能力の判定以外に,門地,性別,人種等の理由によっては,教育を受ける権利に差別がなされてはならないという趣旨に解されている。
また,教育を受ける権利の各属性に着目して,生来的学習権に対応したものとして,親及び教師の有する憲法的理念に適合した子女育成の責務を考察したうえで,教育の自由を学問の自由の一派生として把え,教育の中立性を,教育の自由及び教師の自律性に根拠を求める考え方もある。


(二) 憲法二六条二項は,「すべて国民は,法律の定めるところにより,その保護する子女に普通教育を受 けさせる義務を負ふ。義務教育は,これを無償とする。」とし,教育を受けさせる義務を定めている。
明治憲法のもとでは,納税の義務,兵役の義務と共に教育の義務が定められていたが,現行憲法は, 納税の義務,勤労の義務に加えて,教育の義務を定めている。
しかし,ここにいう教育とは,一項で考察したように,憲法の掲げる民主主義の理念に合致したものでなければならないのはもとよりであるし, 教育を受けさせる義務は,教育を受ける権利を背後から支えるものとして理解されなければならない。
その意味では,教育を受ける権利から,憲法的理念に則った国民を育成するための責務を導く考え方は示唆に富むものがあるといえよう。
教育を受けさせる義務の主体は,子女を保護する者である。しかし,教育基本法は,憲法の規定を受けて市町村に小,中学校の設置を義務付け,経済的困窮者への援助を義務付けている。
この教育基本法の規定は,憲法の指針を受けて,教育を受ける権利,及びそこから導かれる教育を受けさせる義務を, 実質的に制度として保障する趣旨のものということができる。
さらに,憲法はそれ自身の内部に,義務教育の無償を定め,これらの権利を具体的に保障している。
従って,義務教育無償の規定は,教育を受ける権利及び教育を受けさせる義務の制度的保障であるといわれている。
判例は,義務教育の無償を,授業料の不徴収の意味に解している(最判昭和 39 年2月 26 日)。
これに 対して,学説は判例を支持しながらも,就学に必要な経費の無償も政治的義務として肯定する立場のほかに,無償の範囲は国の財政状況を考えて,法律で具体化されるとする立場, 及び就学必需品については全て無償となるという立場がある。
しかし,無償の範囲を法律で自由に定めうるとする立場は,義務教育無償の規定が一般的な施策を宣明したにとどまらず, 教育を受ける権利及び教育を受けさせる義務の制度的保障であることを看過した解釈であるし,全般的な就学必需品の無償を主張する立場は,施策の方針を宣明したにとどまる教育を受ける権利自体から, 特段の制度の創設をまつことなく,直接的な請求を容認することを目的としたものであるが,そのような一般的規定は,法律の制定によって初めて直接的な請求が可能となるのであり,現時点の見解では賛成しえない。
むしろ,義務教育無償の規定が,教育を受ける権利及び教育を受けさせる義務について,保障すべき事柄のうち,とりわけ憲法の内部で保障すべき部分を取り出して定めた制度的保障と解するならば,教育それ自体の対価を無償としたものと考えるべきであり,判例及びこれに従う立場が是認されるといえよう。