司法試験の勉強会

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【ゼロから始める法学ガチ解説シリーズ】司法権の限界とは?【憲法解説】

問題の所在

司法権の概念

    司法とは,「具体的な争訟について,法を適用し,宣言することによって,これを裁定する国家の作用」をいう。これをより厳密に定義すれば,「当事者間に,具体的事件に関する紛争がある場合において,当事者からの争訟の提起を前提として,独立の裁判所が統治権に基づき,一定の争訟手続によって,紛争解決のために,何が法であるかの判断をなし,正しい法の適用を保障する作用」をいう。

司法権の範囲

    憲法(以下法名略)76条1項は,「すべて司法権は,最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」と規定する。このように,日本国憲法は,行政事件の裁判も含めて全ての裁判作用を「司法権」とし,これを通常裁判所に属するものとした。この趣旨は,76条2項が,特別裁判所の設置を禁止し,行政機関による終審裁判を禁止しているところに示されている。

法律上の争訟

    司法権の概念の中核をなす「具体的な争訟」という要件は,具体的事件性の要件と言われることも多い。判所法は,「裁判所は,一切の法律上の争訟を裁判」する旨規定する(裁判所法項)が,この「一切の法律上の争訟」も同じ意味である

    判例は,「法律上の争訟」とは,①事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,②それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる,と解している。
  この「法律上の争訟」に当たらず,したがって,裁判所の審査権が及ばない場合又は事項としては,以下のものが挙げられる。すなわち,
第一は,具体的事件性もないのに,抽象的に法令の解釈又は効力について争うことである(例,警察予備隊違憲訴訟(最大判昭和27年10月8日民集6巻9号783頁))。第二に,単なる事実の存否,個人の主観的意見の当否,学問上・技術上の論争などである(例,国家試験における合格・不合格(最判昭和41年2月8日民集20巻2号196頁))。第三に純然たる信仰の対象の価値若しくは宗教上の教義に関する判断自体を求める訴え又は単なる宗教上の地位(住職の地位等)の確認の訴えである(最判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁(「板まんだら」事件))。

したがって,例外的に,法律で特別に定められた個別の訴訟(公職選挙法203(地方公共団体の議会の議員及び長の選挙の効力に関する訴訟)204(衆議院議員又は参議院議員の選挙の効力に関する訴訟)等)が司法権の対象となるものの,このように,「法律上の争訟」の要件を満たさない紛争は司法権の対象とならない。

反面,形式的に法律上の争訟」に当たればすべてが司法権の対象となるわけではなく,一定の限界があるので,以下,司法権の限界について説明する。

司法権の限界

国際法上の限界

  まず,確立された国際法規(例えば,外交使節の治外法権)や,条約による裁判権の制限(例えば,日米地位協定による駐留米軍の構成員に対する刑事裁判権についての一定の特例)のように,国際法によって司法権が及ばない場合がある。

憲法の明文上の限界

次に,議員の資格争訟の裁判(55条)裁判官の弾劾裁判(64条)は,憲法で特別に規定され,司法権の対象外とされている。また,恩赦について,その法的性格を司法と解すれば,恩赦の決定は内閣によってなされる(73条7号)から,これも憲法の明文上の限界ということになる。

憲法上含意的に認められる限界

  これらのほか,法律上の係争ではあるが,事柄の性質上裁判所の審査に適しないと認められるものがある。

自律権に属する行為

自律権とは,懲罰や議事手続など,国会又は各議院の内部事項については自主的に決定できる権能をいい,議院規則制定権(58項),議員懲罰権(同),院内組織の決定権,役員選任権(同条項)等が規定されている。自律権に基づく行為について裁判所の審査権が及べば議院の自律権は貫かれなくなってしまうから,除名を含む所属議員の懲罰,議長その他の役員の選任,定足数の充足の認定等の議事手続については,事柄の性質上,裁判所の審査に適しないと解される。

大判昭和37日民集16445(警察法改正無効事件)は,昭和29年に成立した新警察法は,審理に当たり,野党議員の強硬な反対のため議場混乱のまま可決され,その議決が無効ではないかが争われた事案について,警察法が両院において議決を経たものとされ,適法な手続によって公布されている以上,裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法制定の議事手続に関する事実を審理してその有効無効を判断すべきではない旨判示した。

立法上及び行政上の裁量行為

憲法は,立法するかどうか,その時期,内容等に関して必ずしも 一義的に立法府を拘束していない場合が多いが,このような場合に,裁判所は立法府の立場をなるべく尊重しなければならず,立法府がその裁量を逸脱した場合にのみ違憲判断を下すことができる。例えば,最大判昭和5114日民集30223頁は,衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定は,多種多様で,複雑微妙な政策的,技術的考慮要素を伴い,国会の裁量に委ねられていると考えざるを得ないが,投票価値の不平等が一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときは,国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定される旨判示した。

また,行政法規がいつ,どのような行為をすべきか否かについて 一義的に行政庁を拘束していない場合には,行政庁の自由裁量が認められ,司法審査権は及ばないとされるが,行政庁が裁量の範囲を逸脱し,あるいは裁量権を濫用した場合には,裁判所の審査権が及ぶ(行政事件訴訟法30条参照)。

統治行為

統治行為とは,一般に,直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為で,法律上の争訟として裁判所による法律的な判断が理論的には可能であるのに,事柄の性質上,司法審査の対象から除外される行為をいう。

大判昭和35日民集141206頁(苫米地判決は,衆議院の抜き打ち解散の効力について争われた事案において,直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり,これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても,かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり,その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府,国会等の政治部門の判断に委され,最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである」旨判示し,衆議院の解散は統治行為に当たるとした。

統治行為論の根拠の考え方としては,大きく分けてつあり,ひとつは,統治行為に対して司法審査を行うことによる混乱を回避するため裁判所が自制すべきであるとする自制説である。これに対し,上記判決は,「この司法権に対する制約は,結局,三権分立の原理に由来し,当該国家行為の高度の政治性,裁判所の司法機関としての性格,裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ,特定の明文による限定はないけれども,司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべき」と判示し,高度の政治性を帯びた行為は,国民によって直接選任されていない裁判所の審査の範囲外にあり,その当否は国会や内閣の判断に委ねられるべきであるとする内在的制約説に立つことを明らかにしている。これらの両説に対しては,決め手に欠けるとの批判があり,内在的制約と理解しつつも,自制説の要素を加味し,権利保障及び司法救済の必要と裁判の結果生じる事態,司法の政治化の危険性,司法手続の能力の限界,判決実現の可能性等の諸点を考慮に入れ,事件に応じて具体的にその論拠が明らかにされるべきであるとする折衷説の立場が有力である。

統治行為は,「高度の政治性」という不明確な属性を有していることから,その範囲と限界が問題となる。学説においては,憲法上明文の規定もなく,内容も不明確な概念であるから,自律権,裁量行為等で説明できるものは除外すべきである,あるいは,統治行為の根拠が民主政の理論にある以上,その前提となる,基本的人権,特に精神的自由権の侵害を争点とする事件には適用すべきではないなどの指摘がなされている。

団体の内部事項に関する行為

   総論

地方議会,大学,政党,労働組合,弁護士会等の自主的な団体

の内部的事項については,その団体の自治を尊重して,その自治的措置に委ねられ,司法権が及ばない領域と解されるが,単なる内部規律の問題とはいえないような重大事項ないし一般市民法秩序と関連する事項は司法審査の対象となる。なお,これらの団体を一般市民社会の中にあってこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会であるとし,これを理由に,その内部紛争はすべて司法審査の対象にならないとする見解もあるが,このような法秩序の多元性を前提とする一般的,包括的な部分社会論は妥当でない。そこで,それぞれの団体の目的,性質,機能,自立性・自主性を支える憲法上の根拠等が異なるのであるから,これらの観点や,紛争や争われている権利の性質等を考慮に入れて個別具体的に司法権が及ぶか否かを判断すべきである,と解する

  地方議会

地方議会と憲法上高度の自律権が保障されている国会の各議院とでは,同じ自律権といっても,同一には論じることはできない。最大判昭和351019日民集14122633頁は,地方議会議員に対する日間の出席停止の懲罰議決の効力が争われた事案において,除名処分のような議員の身分の喪失に関する重大事項で,単なる内部規律の問題にとどまらない場合を除き,議員の出席停止のような権利行使の一時的制限にすぎない場合については,地方議会の内部規律の問題としてその自治的措置に委ねるのが適当である旨判示した。

      これに対し,最高裁は,近時,普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は,司法審査の対象となるというべきであるとして,上記判例を明示的に変更した(最判令和2年11月25日裁判所時報1757号3頁)。この中で,最高裁は,出席停止の懲罰は,公選の議員に対し,議会がその権能において科する処分であり,これが科されると,当該議員はその期間,会議及び委員会への出席が停止され,議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができず,住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなるのであり,このような出席停止の懲罰の性質や議員活動に対する制約の程度に照らすと,これが議員の権利行使の一時的制限にすぎないものとして,その適否が専ら議会の自主的,自律的な解決に委ねられるべきであるということはできず,そうすると,出席停止の懲罰は,議会の自律的な権能に基づいてされたものとして,議会に一定の裁量が認められるべきであるものの,裁判所は,常にその適否を判断することができるというべきである旨判示した。

       大学

大学の自律権は,大学の自治の保障に根拠があるといえる。 昭和5215日民集31234頁は,国立大学の単位不認定処分が争われた富山大学事件で,大学は国公立であると私立であるとを問わず,一般社会とは異なる特殊な部分社会を形成しているとし,単位授与行為は,他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り,純然たる大学内部の問題として大学の自主的,自立的な判断に委ねられるべきである旨判示した。

政党

昭和631220日判例時報1307113頁は,政党の党員の除名処分の効力が争われた共産党袴田事件において,政党は結社の自由に基づき任意に結成される政治団体であり,かつ,議会制民主主義を支えるきわめて重要な存在であるから,高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由を保障しなければならないとし,政党の党員処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り,裁判所の審判権は及ばないが,仮に,一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても,その処分の当否は,当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限りその規範に照らし,規範を有しないときは条理に基づき,適正な手続に則ってなされたか否かによって決すべきであり,その審理もその点に限られる旨判示した。