一
近代諸国は,密室裁判,秘密裁判がもたらした弊害にかんがみ,憲法や法律で裁判の公開を保障して いる。日本国憲法も八二条一項で「裁判の対審及び判決は,公開法廷でこれを行う。」と規定し,裁判 公開の原則を定めている。 裁判の公開を保障する理由は,公正な裁判を保障して国民の権利の保護を確保するとともに,裁判に 対する国民の信頼を維持しようとするところにある。
二
憲法は,右条項で裁判公開の原則を定めるほか,三七条で刑事事件について公開裁判を受ける権利を, また三二条で裁判所において裁判を受ける権利をそれぞれ国民に対して保障している。これらの規定を 総合して解釈すると,憲法は,一面において制度として裁判の公開を規定するとともに,他面において 国民の権利としての公開の法廷で対審及び判決を受ける権利を保障していることがわかる。
三
八二条一項にいう「裁判の対審」とは,裁判官の面前で行われる事件の審理及び当事者の弁論をいい, また「判決」とは,事件に関する裁判所の判断の言渡しをいう。 もっとも右条項の保障の範囲,即ち公開の法廷で対審及び判決を受ける権利の保障の範囲については, 若干問題がある。判例は,同項にいう「裁判」とは,現行法上裁判所が裁判という形式をもってする一 切の作用を意味せず,「固有の司法権の作用に属するもの,すなわち,裁判所が当事者の意思いかんに かかわらず終局的に事実を確定し当事者の主張する実体的権利義務の存否を確定することを目的とする 純然たる訴訟事件についての裁判のみを指す」(最決昭和45年6月24日民集二四巻六号六一〇頁)と解し ている。このような観点から,家事審判法上の夫婦の同居その他の夫婦間の協力扶助に関する処分や非 訟事件手続法上の過料の裁判等は,同項の「裁判」には含まれないとされている。従って,同項の保障 の及ぶ範囲は,具体的には民事訴訟における口頭弁論手続,刑事訴訟における公判手続及び判決手続と いうことになる。
四
次に「公開」とは,一般の傍聴を許すことであるが,設備等の関係から傍聴人の数を制限したり,法 廷の秩序を維持するための必要から特定の者の退廷を命じたり,入場を禁じたりすることは,公開の原 則に反するものではない。
五
裁判の公開については,憲法自身がその例外を規定している。八二条二項本文は「裁判所が,裁判官 の全員一致で,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると決した場合には,対審は,公開しない でこれを行うことができる。」と規定している。 まず,「判決」は絶対に公開しなければならない。次に,「政治犯罪,出版に関する犯罪又はこの憲法 第三章で保障する国民の権利が問題となっている事件の対審は,常にこれを公開しなければならない。」 (八二条二項但書)政治犯罪については密室裁判,秘密裁判の危険性が大きいからであろう。また出版に 関する犯罪が掲げられているのは,民主政治の基本としての表現の自由を特に強く保障するためである ことがうかがえる。