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責問権の放棄・喪失とは?法学部1年生でも分かる解説

一 はじめに

責問権とは,裁判所や相手方の訴訟手続に関する規定に違背する行為に対して,異議を述べてその無効を主張する,当事者の訴訟法上の権能である(民訴法一四一条)。当事者が,訴訟手続規定の違背に対して異議を述べないことを明言することを,責問権の放棄といい(同条但書),一四一条本文によって当事者が異議を述べる権能を失うことを,責問権の喪失という。


二 責問権の趣旨

裁判所は,訴訟を主宰し,手続を進行させる権能を有する(一二六条以下,一五二条等)。訴訟の迅速かつ能率的な進行をはかる趣旨である。したがって,裁判所は,訴訟手続が適法に進行しているか否かを常時監視する義務を負う。しかし,裁判所といえども監視の目がゆきとどかないこともあり,むしろ, 自己の利益を確保することに対して常に目を配っている当事者の方が,手続法規違背に気づきやすい場合もある。この場合,後になってから裁判所が気づいたとしても,その時点から遡って手続を覆すと, 手続の安定性を害することになる。これが,当事者に責問権を与えた理由である。


三 責問権の放棄の趣旨

責問権は,右のように,訴訟手続の適法性の確保と,手続の安定を目的とするから,手続法規違背によって不利益を受ける当事者がその瑕疵を問題にせず,訴訟手続の適正を害する程度も軽徴であれば, 手続が積み重ねられた後になってからこれを問題にして従前の手続を覆す理由はない。したがって,当事者が,手続の違背を問題にしないことを明示したときは,当該訴訟手続の瑕疵は治癒したものとすべきである。これが責問権の放棄の趣旨である。


四 責問権の喪失の趣旨

当事者が責問権を放棄できるとしても,放棄前はいつでも責問権を行使できるものとすれば,手続はいつまでも安定せず,訴訟経済にも反する。そこで法は,責問権放棄の趣旨をさらにすすめ,当事者が 訴訟手続の瑕疵を知り,あるいは,知り得べき状態になったときに,当該瑕疵を問題にしないような外観をとれば,その意思にかかわりなく,瑕疵は治癒されると定めた。これが責問権の喪失の趣旨である。


五 責問権の放棄,喪失の対象

1 訴訟手続に関する規定違背
責問権の放棄,喪失の対象となるのは,訴訟の審理や進行に関する,裁判所あるいは当事者のなした 訴訟行為の,方式,要件,時期,順序,場所等に関する形式面に規定違背がある場合である。したがっ て,訴訟物に関する規定(例えば,訴訟物の特定を定めた二二四条一項)や,訴訟要件に関する規定(例えば,当事者能力を定めた四六条,訴訟能力を定めた四九条,当事者適格を定めた四七条)に違背した場合は,これに含まれない。
2 効力規定違背
裁判所あるいは当事者の訴訟手続に関する行為の形式を定めた法規の中には,一九〇条一項や一九三条一項のように,訴訟行為の効力とは関係のない規定もある。この種の規定違背があっても,当事者は もともと異議を述べることはできないから,責問権の放棄,喪失の対象とはならない。
3 任意規定違背
一四一条但書,本文は,訴訟手続に関する規定違背の中に責問権を放棄することができない規定違背のあることを前提とし,これを除いたものについて責問権の喪失を認めている。しかし,放棄できるものと放棄できないものとの区別の基準については,何ら明示するところがない。したがって,解釈で補わなければならないが,手がかりとなるのは,従前から述べてきたところの責問権の放棄,喪失の趣旨以外にはない。そして,これまでに検討してきたところに従えば,手続の適正の要請が,当該手続の安定の要請と比べてより強い場合には,責問権の放棄,喪失を認めるべき根拠は存在しないものと解される。つまり,責問権の放棄,喪失の対象となるのは,いわゆる任意規定違背の場合ということになる。 具体的な基準としては,絶対的上告理由の規定(三九五条)が一つの参考となろう。訴の提起や変更の方式(二二三条,二三二条二項),証拠調の方式(三四一条等),宣誓の方式(二八八条)等に関する規定は任意 規定,裁判所の構成(一八七条一項),裁判官の除斥(三五条),専属管轄(四二二条,四三一条),公開主義 (憲法八二条,裁判所法七〇条)等に関する規定は強行規定と解される