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予断排除の原則とは?初心者にもわかりやすく解説

初めに

行刑事訴訟法は,憲法上の「公平な裁判所」という理念を実現するため,「予断排除の原則」を採用した。「予断」とは,いまだ適式に証明されていない事実をあたかも証明されたように信ずることであり,この「予断」は,公訴提起から証拠調終了までの訴訟の過程において,それぞれの場面で生じる可能性があるため,現行刑事訴訟法は,これを防止するために,諸々の規制を設けている。


一 公訴提起と予断排除


「予断排除の原則」が最も鮮明に表われているのは,公訴提起に関してである。旧刑事訴訟法においては,起訴と同時に捜査記録が裁判所に提出されていたのであるが,現行刑事訴訟法は,これを改め, 検察官の当事者的立場を強調し,「公平な裁判所」の性格を客観的にも保障するために,「起訴状一本主義」を採用した。同法二五六条六項は,起訴状には,裁判官に事件についての「予断」を生じさせる虞れのある書類その他の物を添付し,又はその内容を引用してはならないものと定め,検察官の一方的な証拠の添付・引用によって「予断」が生じることを排除している。この規定は,証拠の添付・引用に限らず,起訴状の記載方法一般について,「予断」を生じさせる虞れのある記載は許されないとする趣旨であると解すべきである。したがって,起訴状は,訴因明示の必要性を満たす限りにおいて簡潔に記載されるべきであり,被告人の前科等の記載は原則として許されず,前科が法律上犯罪構成要件となっている場合或いは自己の悪経歴・悪性行を相手方に告知することを手段とした恐喝というようなそれが犯罪事実の内容をなす場合など已むを得ないときに限り許されるにとどまる。なお,起訴状一本主義に違反したときは,公訴提起に関する方式違背として公訴提起を無効ならしめる(三三八条四号)とするのが通説判例である。


二 第一回公判までの手続と予断排除


「予断排除の原則」は,裁判官が全く白紙の状態で公判の審理に臨むことを要求するから,第一回公判期日前の諸手続についても種々の制約が加えられている。すなわち,第一回公判前の証拠調請求は許されず(同法規則一八八条但書),第一回公判前の証拠保全手続及び勾留に関する処分は,受訴裁判所ではなく,裁判官がなすものとされ(同法一七九条,二八〇条),第一回公判期日前に受訴裁判所がなす事前準備においては,事件について「予断」を生じさせる虞れのある事項につき打ち合せをすることが禁じられている(同法規則一七八条の一〇,一項)。


三 冒頭手続と予断排除


被告人は,当事者であると同時に証拠方法の一種であるから,その供述を求めることは,証拠調にあたる。したがって,冒頭手続における被告人の意見陳述に際しては,事件の争点を明らかにする限度においてその供述を求めうるにとどまり,犯罪事実の詳細な点についてまで質問し,供述を求めることは許されない。


四 冒頭陳述と予断排除


同法二九六条,同法規則一九八条二項は,検察官,弁護人,被告人の冒頭陳述につき,証拠とすることができず,又は証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基づいて,裁判所に事件について偏見又は予断を生じさせる虞れのある事項を述べることを禁じているが,予断排除の精神からすると,たとえ証拠に基づくものであっても,攻撃防禦の対象を明らかにし,審理の対象を明確に示すという冒頭陳述の本来の趣旨を逸脱した陳述は許されないものと解すべきである。


五 個々の証拠の取調と予断排除


同法三〇一条は,自白は犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ,その取調を請求することができない旨定めているが,これは,自白の性質上,どうしてもそれに頼りがちになる危険性があることから,自白の裁判官に与える予断を防止しようとしているものと解される。これとの関連で, 自白と同種の危険性を有する同種前科についての取調も同様の制限を受けるものと解されよう。以上は, 取調の順序についての制約であるが,その他,取調の方法についても,同法三〇二条において,捜査記録の一部についての証拠調の請求は,できる限り他の部分と分離してなすべき旨を定め,予断の防止をはかっている。

 

六 その他


なお,広い意味において予断排除の原則を制度的に保障するものとして,裁判官の除斥(二〇条),忌避(二一条)及び回避(規一三条一項)の制度がある。