司法試験の勉強会

現役弁護士が法学部一年生向けに本気の解説をするブログです。

【民訴法解説】攻撃・防御方法の提出時期について


 攻撃方法とは原告が訴えを理由づけるために提出する一切の申立て,主張,証拠の申出をいい,防禦 方法とは被告が訴えを排斥するために提出する一切の申立て,主張,証拠の申出をいう。


 ところで,このような攻撃防禦方法の提出につき,民訴法はいわゆる随時提出主義を採用している(民 訴法一三九条)。この随時提出主義は,口頭弁論の一体性を認め,結審に至るどの段階でも攻撃防禦方法 を提出できるとするものである。
これに対し,攻撃防禦方法の種類(請求原因,抗弁,再抗弁等)に応じ て弁論をいくつかの段階に区切り,各段階ごとに定められた種類の攻撃防禦方法を提出させる法定序列 主義(各段階ごとに同種の攻撃防禦方法をすべて出さねばならないので同時提出主義とも呼ばれる)があ り,かつてドイツでは訴訟促進を目的として,この主義が採用されたことがあった。
しかし,当事者が あとで攻撃防禦方法を提出できなくなることをおそれ,むやみに仮定主張等を提出するため,かえって 審理の遅延を招いたという。随時提出主義はこのような弊害を避けると共に,当事者に訴訟の進行に応じた主張立証を行なわせることによって,自由で活発な審理が行なわれることを期待したものといえる であろう。


 しかし,この随時提出主義を無制限に認めることは,当事者の怠慢による訴訟の遅延や,訴訟の不当 な引きのばしを認めることになりかねない。そこで民訴法は,この主義に対する制約も規定している。  
まず,当事者が故意又は重過失により時期に遅れて提出した攻撃防禦方法は,これを審理すると訴訟 の完結を遅延させる場合却下される(民訴法一三九条一項)。
次に,当事者が趣旨不明の攻撃防禦方法 を提出しておきながら必要な釈明を行なわず,又は釈明を行なうべき期日に出頭しない場合にも,時期 に遅れた攻撃防禦方法と同様の要件で却下される(同条二項)。
更に,準備手続を経た場合には,準備手 続で提出できなかった攻撃防禦方法は,それを審理しても訴訟を著しく遅延させない場合か,準備手続 で提出しなかったことに重過失がないことを疎明した場合でなければこれを提出することができない(民 訴法二五五条一項)。  
以上のような制約は,本来攻撃防禦方法を提出すべき責任を負う当事者がその責任を十分に果たさな い場合の制裁とでもいうべきものである。
したがって,このような制約が認められるのは,弁論主義が 適用される場合に限られ,職権主義のもとでは排除される。  
なお,右に述べた制約の外,弁論の制限があれば許された範囲外の弁論は一応留保されるし,中間判 決があるとその判断事項については,それ以前に提出できた攻撃防禦方法は,その審級では提出できな くなる。これらは,審理の整理のために認められる随時提出主義の制約ということができるであろう。

責任主義とは?わかりやすく解説

責任主義

責任がなけれは犯罪は成立しないし,責任の重さに応じて刑の量も定まる。犯罪が成立するためには, 単に構成要件該当の違法行為があるだけでは足らず,さらにその行為について行為者に責任を問えるこ とが必要である。
こうした責任主義は,現在の刑法理論上争いのないところである。  
責任能力とは,「行為の理非善悪を弁別し,この弁別に従って自己の行為を統制する能力」であると いう定義が判例上確立している。
責任能力は,右の責任の前提となる要素であるが,右の責任主義から,
1責任能力は,単に存否のみが問題となるのではなく,その程度について無限の段階に分け得ること,
2責任能力は,犯罪行為時に存在することを要すること,の二点が帰結される。
この前者について問題 となるのが限定責任能力であり,後者について問題となるのが原因において自由な行為である。

手附とは?わかりやすく解説

一 手附の意義及び種類

手附の意義

 手附とは,契約に際し当事者の一方から相手方に対して交付される金銭その他の有価物である。要物 契約であり,他の契約に附随して締結されるから従たる契約である。

手附の種類

(イ) 証約手附
       契約締結の証拠として授受される手附。これはすべての手附に共通.      する手附の最小限度の効力である。
(ロ) 違約手附
       債務不履行の際には没収されるという趣旨で交付される手附。これには併せて損害賠償を請求しう る純粋の違約罰と損害賠償の予定としての意味を持つものがある。民法が違約金をもって損害賠償の 予定としている(民法四二〇条三項)点からみて,いずれか不明の時は損害賠償の予定とみるのが相当 である。
(ハ) 解約手附
        契約解除権留保の対価たる意味を持つ手附。授者は手附を放棄し,受者は倍額を償還することによ り,解除原因がなくとも契約を解除することができる。

二 手附の認定

1 当事者は手附の交付にあたりその趣旨を明確にしない場合が多く,その場合いずれの手附と認定すべ きかという解釈問題がおこる

判例は,民法五五七条が解約手附についてのみ定めていることから,本条をわが国の解約手附性の慣行を尊重したものとして,手附は原則として解約手附であると推定し,他種の手附であることを主張す る者は別段の意思表示のあったことを主張・立証しなければならないとし(最判昭二九・一・二一民集 八・一・六四),さらに,解約手附性はその違約手附性と矛盾するものではないとしている(最判昭二四・ 一〇・四民集三・一〇・四〇七)。

3 これに対しては,手附は本来契約の拘束力を強めるためのものであるのに解約手附が原則であるとす るのは矛盾であるとする批判があるが,現代のわが国の法意識が解約手附性よりも違約手附性を認める に傾いているかについてはなお疑問がある。手附損,倍返しの旧慣はなお根強いものがあり,手附は解 約手附であるという推定を認めておいたうえ,なお個々の契約について当事者の意思を率直に追求する という態度を保持すれば十分であろう。

三 解約手附による解除

解約手附が交付された時は,当事者の一方が履行に着手するまで契約を解除することができる。ここ では要件効果で問題になる点をいくつか述べる。

1 (イ) 要件でもっとも問題となるのが履行の着手の概念である。判例は「履行に着手」するとは,「客 観的に外部から認識しうるような形で履行行為の一部をなし,または,履行の提供をするために 欠くことのできない前提行為をした場合」をさすとしている(最判昭四〇・一一・二四民集一九・ 八・二〇一九)。具体的には,買主が売主に履行を求め,登記があればいつでも代金を支払うべく 残代金の準備をしていたとき(最判昭三三・六・五民集一二・九・一三五九),履行期日前におい ても残代金支払と引換に目的物の引渡を求めた時(最判昭四一・一・二一民集二〇・一・六五)等 は履行の着手があったとされている。

 (ロ) 本条は履行に着手したことにより費用を支出し,契約の履行に期待を寄せている相手方を保護 する趣旨の規定であるから,自ら履行に着手した場合であっても相手方が履行に着手しない時は なお本条による解除をなしうると解すべきである。

 (ハ) 解除をなすためには,手附流しの場合は解除の意思表示で足りるが,倍返しの場合にはさらに 倍額の提供をすることが必要である。

2 この解除は債務不履行による解除ではないから,解除の効果として損害賠償請求権は発生しない。

3 解約手附解除には当事者が履行に着手するまでと期間の制限があるので民法五四七条(催告による解除 権の消滅)の適用はない。

四 その他

1 契約が履行された時は手附はその意義を失い,交付者は不当利得として返還を請求することができる。 しかし代金の一部に充当されるのが普通である。

2 契約が無効,取消,合意解除された時は,手附契約も従たる契約として主たる契約と運命をともにし, 交付者は不当利得としてその返還を請求しうることとなる。

 

asuparapon.hatenablog.com

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居住・移転の自由について論ぜよ

憲法二二条一項は,「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転......の自由を有する。」と規定 する。「居住の自由」とは,住所または居所を決定する自由であり,「移転の自由」とは,住所または居 所を変更する自由である。後者は旅行の自由を含むと解してよい。


居住,移転の自由は,歴史的には経済的基本権の一つとして把握されてきた。即ち,その国が資本主義体制を経済秩序の基本としている場合,居住,移転の自由を背景とする労働力の自己調節により,社 会の経済的発展が可能になる。これを国民個人の側面からみるならば,人はすべて,自由に労働の場所 を選び自己の経済生活を維持し発展させるための前提としてこの自由が確保される必要があり,その意 味で,この自由は,個人の経済的基本権として理解される。日本国憲法が,居住,移転の自由を職業選 択の自由とならべて保障しているのも,そのあらわれであろう。そして居住,移転の自由に対する右の ような基本的把握のしかたは,今日においても変わるところはない。  しかし,居住,移転の自由を,職業選択の自由と結合させ,経済的自由の面からのみとらえることに 対して,反省が起こりつつある。人間は植物のように土地に定着して生きているものではない。自由に その住居を定め,またそれを自由に移動させること,特に旅行など経済的目的をはなれて自由に移動す ることは,むしろ人間存在の本質に基づくものであり,居住地が制限され,許可なく旅行をなし得ない ような社会においては,個人の尊厳などないに等しい。その意味で,居住,移転の自由は精神的自由と しても把握することが不可欠である,とする見解が有力に主張されるようになった。

このように自由権の性質を議論する実益は,いくつかあるが,その最大のものはその自由権に対する 規制の合憲性判断の基準を考える手がかりとなることである。周知のように,思想,とくに政治的意思 の表現の自由を中核とする精神的自由は,代表制民主制あるいは国民の自治の基礎をなすのに対し,経 済的自由は,民主制の本質とは直接結びつかない。従って,その規制の合憲性判断の基準には,おのず と相違が生じることになる。

そこで,居住,移転の自由に対して,政策的制約を課することができるか。  第一説はこれを肯定する(従来の多数説)。その理由は,1職業選択の自由と並び規定され,体系的に も経済的自由の一種であり,それは個人の尊厳を確保する手段にすぎないこと,2二二条一項には特に
「公共の福祉に反しない限り」と規定があること,などである。  第二説は,居住,移転の自由が右のように一面において経済的自由と共通の性格をもつが,他面,民 主制の本質につながる性格をもつことを認め,規制が経済的自由の側面にかかわるときは政策的制約を 認めるが,民主制の本質的自由にかかわり経済的自由と関連のないときには政策的規制はきびしく限定 される,とする(伊藤)。  第三説は,より徹底して,これを否定する(橋木)。即ち,居住,移転の自由にも一三条の公共の福祉 による制約,即ち基本権に内在する制約は及ぶが,これを超えて政策的制約を加えることは許されない, とする。その理由は,1憲法上の自由の制約はそれぞれの自由の本質,現代的意義に照らして判断すべ きであるところ,居住,移転の自由は,経済的自由の一種と見るべきではなく人間の基本的自由に属す ると認められること,2居住,移転の自由の経済的側面に向けられる制約といわれるものは,その多く は財産権や経済的行為の自由の制約の結果にすぎず,居住,移転の自由は直接問題とならないこと,な どである。  具体例をあげるならば,都市計画をたてて,あるいは国土の合理的な開発,保全のために一定の地域 における居住,移転に制限を加えるという場合について,右の第二説に立てば,居住,移転の自由の経 済的側面についての制約ゆえ政策的制約として許されることになるが,第三説に立てば,結論的には政 策的制約を認めるが,それは一定の地域の土地所有権等に対して加えられる規制で二九条二項に基づくものであり,居住,移転の自由に対する制約の問題ではない,ということになる。  右に述べてきたことから,居住,移転の自由が経済的自由,精神的自由の二面的性格を有することは 否定できないと考えるから,第二説が妥当だと思われる。

居住,移転の自由に関連して,一時的な海外渡航の自由の根拠規定が問題となる。  第一説は,二二条二項の「外国に移住する自由」に含まれるとする(最判昭三三・九・一〇民集一二・ 一三・一九六九,佐藤)。
 第二説は,二二条一項の「移転の自由」に含まれるとする(宮沢,伊藤)。  第三説は,一三条の一般的自由又は幸福追求の権利の一部分をなすとする(右最判の補足意見)。  第一説は二二条二項には一項の「公共の福祉に反しない限り」という文言がないので,保護が厚くな ることを理由とする。しかし,仮に第一説をとっても,二二条二項にも一三条の公共の福祉の制約が及 ぶことは免れないし,また仮に第二説をとっても,(四)で述べた第二説を前提とする以上,人間の精神的 活動に伴って行なわれる海外渡航には精神的自由に準ずる保障が及ぶと解さなければならず,それは一 三条一項の「公共の福祉に反しない限り」という文言によって影響を受けるものではない。  結局,どの説をとっても結論に差はなく,根拠規定の争いは説明の仕方の違いにすぎない。

居住・移転の自由について論ぜよ

憲法二二条一項は,「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転......の自由を有する。」と規定 する。「居住の自由」とは,住所または居所を決定する自由であり,「移転の自由」とは,住所または居 所を変更する自由である。後者は旅行の自由を含むと解してよい。


居住,移転の自由は,歴史的には経済的基本権の一つとして把握されてきた。即ち,その国が資本主義体制を経済秩序の基本としている場合,居住,移転の自由を背景とする労働力の自己調節により,社 会の経済的発展が可能になる。これを国民個人の側面からみるならば,人はすべて,自由に労働の場所 を選び自己の経済生活を維持し発展させるための前提としてこの自由が確保される必要があり,その意 味で,この自由は,個人の経済的基本権として理解される。日本国憲法が,居住,移転の自由を職業選 択の自由とならべて保障しているのも,そのあらわれであろう。そして居住,移転の自由に対する右の ような基本的把握のしかたは,今日においても変わるところはない。  しかし,居住,移転の自由を,職業選択の自由と結合させ,経済的自由の面からのみとらえることに 対して,反省が起こりつつある。人間は植物のように土地に定着して生きているものではない。自由に その住居を定め,またそれを自由に移動させること,特に旅行など経済的目的をはなれて自由に移動す ることは,むしろ人間存在の本質に基づくものであり,居住地が制限され,許可なく旅行をなし得ない ような社会においては,個人の尊厳などないに等しい。その意味で,居住,移転の自由は精神的自由と しても把握することが不可欠である,とする見解が有力に主張されるようになった。

このように自由権の性質を議論する実益は,いくつかあるが,その最大のものはその自由権に対する 規制の合憲性判断の基準を考える手がかりとなることである。周知のように,思想,とくに政治的意思 の表現の自由を中核とする精神的自由は,代表制民主制あるいは国民の自治の基礎をなすのに対し,経 済的自由は,民主制の本質とは直接結びつかない。従って,その規制の合憲性判断の基準には,おのず と相違が生じることになる。

そこで,居住,移転の自由に対して,政策的制約を課することができるか。  第一説はこれを肯定する(従来の多数説)。その理由は,1職業選択の自由と並び規定され,体系的に も経済的自由の一種であり,それは個人の尊厳を確保する手段にすぎないこと,2二二条一項には特に
「公共の福祉に反しない限り」と規定があること,などである。  第二説は,居住,移転の自由が右のように一面において経済的自由と共通の性格をもつが,他面,民 主制の本質につながる性格をもつことを認め,規制が経済的自由の側面にかかわるときは政策的制約を 認めるが,民主制の本質的自由にかかわり経済的自由と関連のないときには政策的規制はきびしく限定 される,とする(伊藤)。  第三説は,より徹底して,これを否定する(橋木)。即ち,居住,移転の自由にも一三条の公共の福祉 による制約,即ち基本権に内在する制約は及ぶが,これを超えて政策的制約を加えることは許されない, とする。その理由は,1憲法上の自由の制約はそれぞれの自由の本質,現代的意義に照らして判断すべ きであるところ,居住,移転の自由は,経済的自由の一種と見るべきではなく人間の基本的自由に属す ると認められること,2居住,移転の自由の経済的側面に向けられる制約といわれるものは,その多く は財産権や経済的行為の自由の制約の結果にすぎず,居住,移転の自由は直接問題とならないこと,な どである。  具体例をあげるならば,都市計画をたてて,あるいは国土の合理的な開発,保全のために一定の地域 における居住,移転に制限を加えるという場合について,右の第二説に立てば,居住,移転の自由の経 済的側面についての制約ゆえ政策的制約として許されることになるが,第三説に立てば,結論的には政 策的制約を認めるが,それは一定の地域の土地所有権等に対して加えられる規制で二九条二項に基づくものであり,居住,移転の自由に対する制約の問題ではない,ということになる。  右に述べてきたことから,居住,移転の自由が経済的自由,精神的自由の二面的性格を有することは 否定できないと考えるから,第二説が妥当だと思われる。

居住,移転の自由に関連して,一時的な海外渡航の自由の根拠規定が問題となる。  第一説は,二二条二項の「外国に移住する自由」に含まれるとする(最判昭三三・九・一〇民集一二・ 一三・一九六九,佐藤)。
 第二説は,二二条一項の「移転の自由」に含まれるとする(宮沢,伊藤)。  第三説は,一三条の一般的自由又は幸福追求の権利の一部分をなすとする(右最判の補足意見)。  第一説は二二条二項には一項の「公共の福祉に反しない限り」という文言がないので,保護が厚くな ることを理由とする。しかし,仮に第一説をとっても,二二条二項にも一三条の公共の福祉の制約が及 ぶことは免れないし,また仮に第二説をとっても,(四)で述べた第二説を前提とする以上,人間の精神的 活動に伴って行なわれる海外渡航には精神的自由に準ずる保障が及ぶと解さなければならず,それは一 三条一項の「公共の福祉に反しない限り」という文言によって影響を受けるものではない。  結局,どの説をとっても結論に差はなく,根拠規定の争いは説明の仕方の違いにすぎない。

最高裁判所の5つの権能とは?わかりやすく解説

最高裁判所の権能として以下の5つが上げられる

1 一般裁判権

 最高裁判所も裁判所の一つとして一般裁判権を有する(憲法七六条一項)が,特別裁判所や行政機関に よる終審裁判が禁止された(七六条二項)ことから,最高裁判所は,一切の法律上の争訟について最終的 な判断を下す権能を有している。これにより,下級裁判所の間の法令解釈や判例を統一する役割を果た している。最高裁判所の法的判断が,当該事件について下級裁判所を拘束することは明文の規定(裁判所 法四条)があるが,同種の他の事件についても事実上大きな影響を及ぼすことは否定できない。

2 規則制定権

 最高裁は,「訴訟に関する手続,弁護士,裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について」 規則制定権を有する(憲法七七条一項)。憲法が国会を唯一の立法機関と定めた(四一条)例外であるが,こ の権能が与えられた根拠は,1権力分立の見地から,右のような事項について裁判所の自主独立性を確 保すべきであること,2技術的見地からみても,裁判の実際に通じている裁判所に,実際に適した規則 を定めさせるのが適当であること,である。  規則で定め得る事項は,本条に列挙されている事項に限る。ところで,この列挙事項は,規則のみの 専属的所管事項であるのか,それとも法律でも定め得る,規則と法律との競合的所管事項であるのか, という問題がある。この点は,憲法が国会を唯一の立法機関と規定し,立法は法律の形式によるのを原 則とし,また本条項の列挙事項についても,例えば刑罰を課するには法律の定めを要するとしている(三 一条)点から判断して,競合的所管事項であると解するのが妥当であろう(清宮等多数説)。  次に競合的所管事項だとすると,法律と規則とが競合する場合には,どちらが優位に立つであろうか。
学説の対立があるが,右に述べたように,四一条及びそこから導かれる,法律が憲法の下ではもっとも 強い形式的効力を持つべきであるという原則からして,法律優位説をとるのが妥当であろう(宮沢,清 宮)。

 

3 法令審査権

(1)
 最高裁判所は,「一切の法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限」を 有する(八一条)。いわゆる法令審査権である。  純法律論的に考えれば,憲法は国の最高法規であり,その条規に反する法律,命令その他の国家行為 は無効であることは明らかである。しかし,いかなる機関に,どの程度に国家行為,法令の合憲,違憲 の審査権を与えるかは,各国の制度により異なる。基本的に法令審査権を認めないもの,政治的機関に 認めるもの,司法的機関に認めるもの等があり,また司法機関に認めるものでも,特別の憲法裁判所を 設け,具体的な訴訟事件と関係なく抽象的な審査を行なう憲法裁判所型と,通常裁判所が具体的訴訟事 件を裁判する前提として審査を行なう付随的審査型とがある。  わが国の制度は,司法機関に法令審査権を認めているが,一般に司法機関,即ち裁判所による法令審 査権が認められる理由としては,1憲法最高法規性(九八条一項)に照らし,憲法に反する国家行為は 当然無効とされるべきであるという法理論的理由,2権力分立の原則に基づき,憲法の解釈適用につい て立法部に対する司法部の自主独立性を認めようとする政治的,制度的理由,3これにより他の国家機 関,特に立法府の専横から国民の基本権を守り,裁判所を憲法の番人にしようという実際的理由,の三 点が考えられる。  次に,わが国の制度は,右に述べた憲法裁判所型のように抽象的審査を認めているのか,付随的審査 型なのか争いがある。  抽象的審査を認める見解は,八一条を,最高裁判所が通常の訴訟での終審裁判所であることと,法律 の合憲性を抽象的に審査しうることの二つを定めた規定であると解する。しかし,付随的審査制をとる と解するのが通説的見解である。その理由としては,第一に最高裁判所の法令審査権を定めた八一条は, 第六章「司法」の中に位置しているが,司法とは具体的な法律上の争いを裁判する作用を言うのである から,八一条の定める権限も,司法裁判所としての最高裁判所の有する権限とみるべきであること,第 二に司法権の行使とは無関係に抽象的法令審査権を最高裁判所に与えるには,積極的明示規定が必要で, 提訴権者,裁判の効力等に関する規定がなければならないことがあげられる。最高裁判所も,付随的審 査制をとる旨の見解を表明している(最判昭二七・一〇・八民集六・九・七八三。いわゆる警察予備隊事 件)。なお,現行制度は憲法裁判所を認めていない,という前提に立ちつつ,八一条は法律によって最高 裁判所に憲法裁判所としての権限を与えることを禁じていないとして,法律又は最高裁判所規則により 抽象的審査を可能にすることもできるとする見解もある。
(2)
 法令審査権の対象は,「一切の法律,命令,規則又は処分」である。最も問題となるのは,条約が審 査の対象となるかどうかである。  審査肯定説(鵜飼,小林)は,合憲性の審査から条約を除くという明文規定がない限り,全憲法体制か らいって条約の審査権は認められるべきだとする。これに対して否定説(清宮,佐藤)は,条約は特に八一条の列挙から除外されていること,条約は国家間の合意という特殊性をもつこと,条約は極めて政治 的な内容を含むことが多いから,裁判所の審査の対象とするに適さないことなどを理由とする。否定説 が妥当であろうか。なお,条約それ自体は審査の対象とはならないとしながら,国が条約では単に将来 の立法を約したり,一般的な政策を宣言したにとどまる場合には,それを具体的に実施する法令の違憲 性を判断するための前提問題として審査する限り審査可能である,とする見解(橋本,伊藤)もある。
(3)
 最後に,最高裁判所により違憲の判断を受けた法令の効力が問題となる。この点については,当該事 件についてのみ法令の効力が否定されるとする個別的効力説と,法令そのものを客観的に無効とすると する一般的効力説とがある。しかし右に述べたように,法令審査権自体が付随的審査制をとり,具体的 訴訟事件を解決するための前提として審査権が認められるのだから,その効果も当該事件に限られると 解するのが妥当であること,仮に法令そのものを客観的に無効にすることができるとすれば,それは消 極的立法作用にほかならず,代表民主制,四一条の基本原理を破ることになること,などから考えて, 個別的効力説をとるのが妥当であろう。

 

4 下級裁判所の裁判官指名権

 下級裁判所の裁判官の任命権は内閣に属するが,それは最高裁判所の指名した者の名簿によって行な う(八〇条一項)。これは司法権の独立を維持するために,人事権を実質的に最高裁判所に委ねた趣旨で ある。内閣は,名簿に載せられていない者を任命することはできない。これは八〇条一項の文言上当然 である。名簿に載せられている者の任命を拒否することができるかどうかについては争いがあるが,任 命権者はあくまでも内閣であるから,拒否できると解すべきであろう(清宮)。

 

5 司法行政監督権

司法権の独立を確保するためには,行政権等他の権力による司法行政への介入を排除することが必要 である。最高裁判所は法律によって,最高裁判所の職員並びに下級裁判所及びその職員を監督する権能 を与えられている(裁判所法八〇条一号)。

 

 

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正当防衛と緊急避難の共通点及び相違点について

正当防衛(刑法三六条一項)とは,簡単に言うと,犯罪構成要件に該当するが,急迫不正の侵害に対し,自己または第三者の権利を守るためにやむを得ずなした行為であり,緊急避難(刑法三七条一項本 文)とは,犯罪構成要件に該当するが,自己または第三者の生命・身体・自由・財産に対する現在の危難に対し,これを避けるためやむを得ずなした行為である。

共通点について

正当防衛と緊急避難との共通点の第一点は,いずれも,自己または第三者の権利が侵害されようとする緊急状態における権利を守るための行為である点である。
これに関連して,正当防衛における侵害の急迫性と,緊急避難における危難の現在性とは同一であると解されている。
もっとも,後述のように,正当防衛の守るべき権利には制限がないが,緊急避難のそれは生命・身体・自由・財産に限定されている点は異なっている。

共通点の第二点は,結論的に違法性が阻却されることになる点である。
この点,緊急避難は正当防衛と異なり,違法性阻却事由ではなく責任阻却事由であるという学説もある。
しかし,後述するように緊急避難には法益の権衡が要求され,守ろうとした法益と侵害した法益がバランスを失するときは緊急避難が成立しないが,緊急避難が責任阻却事由であるとすると法益の権衡を要求するのは不適切であることになる。
また,緊急避難は第三者法益を守るためであっても認められ得るが,それを期待可能性の 減少で説明するのはかなり困難である。正対正の関係であることから定められた厳格な要件を満たす行為であって初めて緊急避難が成立するのであり,その行為は社会的相当性を逸脱しておらず,違法性が阻却されるものと考えるのが妥当であろう。

共通点の第三点は,手段方法の相当性を欠いた場合,過剰防衛(刑法三六条二項),過剰避難(刑法 三七条一項但し書)となり,刑の軽減または免除が可能となる点である。

相違点について

正当防衛と緊急避難との相違は,一言で言うと,前者が急迫不正の侵害に対する行為であるのに,後者が現在の危難に対する行為である点である
すなわち,前者は「正対不正」の関係であるのに対し, 後者は「正対正」の関係である。 この点が両者の要件の相違となって現れる。正当防衛は,急迫不正の侵害に対し,自己または第三者の権利を防衛するため,必要性かつ相当性のある行為であることが要求される。
緊急避難は,自己または第三者の生命・身体・自由・財産に対する現在の危難を避けるため,他にとるべき手段がなくやむを得ずなした行為であり(補充性),侵害した法益が守ろうとした法益を越えないこと(法益の権衡)が要求される。
この補充性・法益の権衡は,それぞれ正当防衛における必要性・相当性に対応するものであるが,いずれもより厳格なものである。
正当防衛における必要性は,他にとるべき手段がなかったことまで意味するものではなく,相当性も,侵害した法益が守ろうとした法益を多少でも越えてはいけないことまで要求するものではない。
また,前述のように,正当防衛の守るべき権利には制限がないが, 緊急避難の場合は制限がある。