2022-05-06 居住・移転の自由について論ぜよ 憲法解説 憲法二二条一項は,「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転......の自由を有する。」と規定 する。「居住の自由」とは,住所または居所を決定する自由であり,「移転の自由」とは,住所または居 所を変更する自由である。後者は旅行の自由を含むと解してよい。 居住,移転の自由は,歴史的には経済的基本権の一つとして把握されてきた。即ち,その国が資本主義体制を経済秩序の基本としている場合,居住,移転の自由を背景とする労働力の自己調節により,社 会の経済的発展が可能になる。これを国民個人の側面からみるならば,人はすべて,自由に労働の場所 を選び自己の経済生活を維持し発展させるための前提としてこの自由が確保される必要があり,その意 味で,この自由は,個人の経済的基本権として理解される。日本国憲法が,居住,移転の自由を職業選 択の自由とならべて保障しているのも,そのあらわれであろう。そして居住,移転の自由に対する右の ような基本的把握のしかたは,今日においても変わるところはない。 しかし,居住,移転の自由を,職業選択の自由と結合させ,経済的自由の面からのみとらえることに 対して,反省が起こりつつある。人間は植物のように土地に定着して生きているものではない。自由に その住居を定め,またそれを自由に移動させること,特に旅行など経済的目的をはなれて自由に移動す ることは,むしろ人間存在の本質に基づくものであり,居住地が制限され,許可なく旅行をなし得ない ような社会においては,個人の尊厳などないに等しい。その意味で,居住,移転の自由は精神的自由と しても把握することが不可欠である,とする見解が有力に主張されるようになった。 このように自由権の性質を議論する実益は,いくつかあるが,その最大のものはその自由権に対する 規制の合憲性判断の基準を考える手がかりとなることである。周知のように,思想,とくに政治的意思 の表現の自由を中核とする精神的自由は,代表制民主制あるいは国民の自治の基礎をなすのに対し,経 済的自由は,民主制の本質とは直接結びつかない。従って,その規制の合憲性判断の基準には,おのず と相違が生じることになる。 そこで,居住,移転の自由に対して,政策的制約を課することができるか。 第一説はこれを肯定する(従来の多数説)。その理由は,1職業選択の自由と並び規定され,体系的に も経済的自由の一種であり,それは個人の尊厳を確保する手段にすぎないこと,2二二条一項には特に「公共の福祉に反しない限り」と規定があること,などである。 第二説は,居住,移転の自由が右のように一面において経済的自由と共通の性格をもつが,他面,民 主制の本質につながる性格をもつことを認め,規制が経済的自由の側面にかかわるときは政策的制約を 認めるが,民主制の本質的自由にかかわり経済的自由と関連のないときには政策的規制はきびしく限定 される,とする(伊藤)。 第三説は,より徹底して,これを否定する(橋木)。即ち,居住,移転の自由にも一三条の公共の福祉 による制約,即ち基本権に内在する制約は及ぶが,これを超えて政策的制約を加えることは許されない, とする。その理由は,1憲法上の自由の制約はそれぞれの自由の本質,現代的意義に照らして判断すべ きであるところ,居住,移転の自由は,経済的自由の一種と見るべきではなく人間の基本的自由に属す ると認められること,2居住,移転の自由の経済的側面に向けられる制約といわれるものは,その多く は財産権や経済的行為の自由の制約の結果にすぎず,居住,移転の自由は直接問題とならないこと,な どである。 具体例をあげるならば,都市計画をたてて,あるいは国土の合理的な開発,保全のために一定の地域 における居住,移転に制限を加えるという場合について,右の第二説に立てば,居住,移転の自由の経 済的側面についての制約ゆえ政策的制約として許されることになるが,第三説に立てば,結論的には政 策的制約を認めるが,それは一定の地域の土地所有権等に対して加えられる規制で二九条二項に基づくものであり,居住,移転の自由に対する制約の問題ではない,ということになる。 右に述べてきたことから,居住,移転の自由が経済的自由,精神的自由の二面的性格を有することは 否定できないと考えるから,第二説が妥当だと思われる。 居住,移転の自由に関連して,一時的な海外渡航の自由の根拠規定が問題となる。 第一説は,二二条二項の「外国に移住する自由」に含まれるとする(最判昭三三・九・一〇民集一二・ 一三・一九六九,佐藤)。 第二説は,二二条一項の「移転の自由」に含まれるとする(宮沢,伊藤)。 第三説は,一三条の一般的自由又は幸福追求の権利の一部分をなすとする(右最判の補足意見)。 第一説は二二条二項には一項の「公共の福祉に反しない限り」という文言がないので,保護が厚くな ることを理由とする。しかし,仮に第一説をとっても,二二条二項にも一三条の公共の福祉の制約が及 ぶことは免れないし,また仮に第二説をとっても,(四)で述べた第二説を前提とする以上,人間の精神的 活動に伴って行なわれる海外渡航には精神的自由に準ずる保障が及ぶと解さなければならず,それは一 三条一項の「公共の福祉に反しない限り」という文言によって影響を受けるものではない。 結局,どの説をとっても結論に差はなく,根拠規定の争いは説明の仕方の違いにすぎない。