司法試験の勉強会

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権利行使と恐喝罪の成否について解説


 恐喝罪は,恐喝行為(脅迫行為。暴行も含む。)により相手方を畏怖させ,他人の占有する他人の財物を 交付させ(二四九条一項),又は財産的処分行為をさせる(同条二項)ことにより成立する。そこで,権利行 使が恐喝罪を構成するか否かの問題は,他人から財物又は財産上の利益を取得する正当の権利を有する 者が,恐喝行為,恐喝手段によって権利を実行した場合に恐喝罪が成立するかということになる。  この点はさらに次の二点に分けて論じ得るが,いずれも判例,学説に争いのあるところである。


 まず,他人が不法に占有している自己の所有物を取り戻すために恐喝の手段を用いた場合,恐喝罪が 成立するか,の問題がある。  この点に関して,財産罪の保護法益を財物に対する所有権その他の本権にあると解する立場(本権説) は,恐喝罪の成立を否定する。これに対し,本権に限らず財物の占有をも保護法益と解する立場(占有説, 所持説)は,自救行為や正当防衛等の理由で違法性が阻却されない限り恐喝罪を構成するとする(この点 は財産罪一般にも及ぶ問題であり,二五一条により恐喝罪にも準用される二四二条の「他人ノ占有」の 解釈の問題でもあって,詳細は本年度裁判所書記官研修所養成部第二部入所試験問題刑法第 2 問の解説 を参照していただきたい。)。


 次に,正当な債権を有する者が恐喝手段によってその弁済を受ける場合,恐喝罪の成否が問題となる。 この点に関しては,脅迫罪説と呼ばれる考え方と恐喝罪説と呼ばれる考え方がある。  前者の考え方は,大審院判例に示されており,一般に次のような四つの原則に集約して理解されてい る。即ち,正当な権利者がその権利を実行するにあたり恐喝の手段を用いて財物,財産上の利益を取得 したとしても,1その権利の範囲内であれば恐喝罪は成立しない。2権利を実行する意思でなく,単に 権利の実行に籍口,仮託したにすぎない場合には恐喝罪が成立する。3権利の範囲を超過して財物,財 産上の利益を取得した場合,それが法律上可分であれば超過部分についてのみ,不可分であれば全部に ついて恐喝罪が成立する。41で権利の範囲内であるとして恐喝罪が否定された場合にも,その手段に つき脅迫罪の成否が問題となる(1ないし3は大判大正2年 12 月 23 日刑録一九輯一五〇二頁,4は大判 昭和5年5月 26 日刑集九巻三四二頁など。)。  これに対して,現在の判例,学説の大勢は後者の考え方に従っているといえよう。即ち,最高裁判所 は,「他人に対して権利を有する者が,その権利を実行することは,その権利の範囲内であり,かつそ の方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り,何等違法の問題を生じな いけれども,右の範囲程度を逸脱するときは違法となり,恐喝罪の成立することがあるものと解するを 相当とする。」と判示したうえ,「正当な債権額のいかんにかかわらず,右手段により債務者から交付を 受けた金員の全額につき恐喝罪が成立する」旨判示(最判昭和 30 年 10 月 14 日刑集九巻一一号二一七三 頁)し,正当な権利者といえどもその権利を実行するにあたり恐喝の手段(右判例のいう「社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を逸脱した方法」)を用いた場合には,恐喝罪の成立を肯定すると ともに,取得した財産,財産上の利益の一部分について正当な権限を有する場合にも,その全部につい て恐喝罪の成立を認める。  思うに,ある行為の刑法的評価は,単にその結果の面(結果無価値)のみでなく,行為態様の面(行為無 価値)をもあわせて考慮すべきであるから,たとい正当な権利の行使であっても恐喝の方法によることは 許されるべきではなく,恐喝罪の成立を認める後者の考え方の方が妥当であるといえよう。


 なお,本問と直接関係はないが,詐欺罪においても右と同じような問題状況があり,結論的にも同様 に考えるのが妥当だと思われる。