窃盗,強盗(刑法二三六条一項),恐喝(刑法二四九条一項)の各罪の保護法益について解説
一
保護法益とは,社会秩序を維持するために,国家が国家社会において保護しなければならない利益を いう。すなわち,刑法の究極の目的は社会秩序の維持にあり,そのために,刑法は,国家社会において 保護しなければならない利益に対する侵害行為を犯罪として禁止しているが,この利益を保護法益とい うのである。
そして,刑法は,予め保護法益を特定し,法益侵害の手段,方法などを構成要件の内容として規定し ているから,法益の性質をいかに理解するかは,構成要件の解釈にあたって決定的な要素となり,具体 的な行為が犯罪として成立するか否かを決定する基準となるのである。
二
刑法各論の体系は,保護法益を基準として,国家的法益,社会的法益及び個人的法益に分類されるが, 本問の窃盗罪(二三五条),強盗罪(二三六条),恐喝罪(二四九条)は,いずれも,個人的法益のなか の財産罪に分類されるものである。私有財産制度を基礎として構成されている今日の社会では,個人の 財産を不当な侵害から保護することは重大な法的任務であり,日本国憲法においても,「財産権は,こ れを侵してはならない。」と規定されており(二九条一項),刑法の財産罪規定はこれを受けたものである。
三
一般に,窃盗罪(二三五条)の保護法益は,被害者の財物(その所有権その他の本権かその占有それ 自体かについては後記するように立場の対立がある。)であり,強盗罪(二三六条)の保養法益は,被 害者の財物(これも窃盗罪と同様の立場の対立がある。)又は財産上の利益のほか,その生命・身体・自 由を含み,恐喝罪(二四九条)の保護法益は,被害者の財物(これも窃盗罪と同様の立場の対立がある。) 又は財産上の利益のほか,その意思決定の自由を含む。
前記のように,これらのいずれもが財産罪であるため,その保養法益は,本質的には,被害者の財物(又は財産上の利益)である点では共通するが,強盗罪は暴行・脅迫を手段とするため,それに加えて 被害者の生命・身体・自由も保護法益となり,また,恐喝罪は恐喝行為を手段とするため,それに加え て被害者の意思決定の自由も保護法益となるのである。
四
ところで,本問の問題文では,「窃盗(二三五条),強盗(二三六条一項),恐喝(二四九条一項)の 保護法益」と,強盗罪及び恐喝罪については,それぞれ,二項が規定するいわゆる利得罪が除かれてい る。そこで,本問では,もっぱら,窃盗罪(二三五条),強盗取財罪(二三六条一項),恐喝取財罪(二 四九条一項)のいわゆる財物罪の保護法益について論ずることになる。一般に,これは,財産罪の保護法益論として論じられている。
五
では,財産罪の保護法益をいかに解すべきか。これは,現行法では,二三五条の「他人の財物」及び 二四二条の「他人の占有」をいかに解するかに関連して問題となる。 この点については,まず,本権説と占有説(所持説)との間に立場の対立があった。
すなわち,本権説は,財産罪の保護法益は,単なる財物の占有ではなく,所有権その他の本権(例え ば,留置権,質権,賃借権)であって,二三五条の「他人の財物」とは,他人の所有する財物を意味し, 二四二条の「占有」とは,単なる占有そのものではなく,法的権原に基づく占有を意味するとするのに 対し,占有説(所持説)は,財産罪の保護法益は,財物の事実上の支配,すなわち,財物の占有それ自 体であり,二四二条は,単なる注意規定にすぎず,「占有」は,権原のいかんを問わず,単なる占有も 含まれるとする。
まず,本権説は,(a)二三五条は,「他人の財物」,すなわち,他人の所有する財物と規定しており,「他 人の占有する財物」とは規定していない。(b)刑法の目的は,法益の保護にあるから,その法益は,法律 秩序によって肯定されるものでなければならない。そして,近代市民社会における所有権保護の思想か らして,民法上所有権その他の本権が保護法益とされるべきである。(c)本権説によらなければ,財物奪 取後の目的物の領得,損壊行為が事後行為として不可罰であることの説明が困難となる。(b)沿革的に見 ても,旧刑法三六六条は,「人の所有物」と規定している。
また,二四二条に相当する旧三七一条は,典 物,すなわち,質物などの権原に基づくものに限る旨明示されており,現刑法はこれを引き継いだと見 るべきである,以上のことを理由とし,占有説に対しては,1占有説のように,本権者が窃取された財 物を取り戻す行為を窃盗罪と解するのは,一般国民の法感情に合わない。2占有自体を保護法益に加え ると,可罰範囲が広くなりすぎる。3そもそも財産罪とは,個人的法益に関する犯罪であるから,単な る財産(占有)秩序といった社会的な利益そのものを保護法益とすることはできないはずであると批判する。
これに対し,占有説(所持説)は,(a)資本主義の高度に発展した現代社会における複雑な財産関係の 下では,その占有が果たして権原によるものであるか明らかにするのは困難であるから,所有権の保護 よりも,占有(所持)されている財物の財産的秩序の保護に重点を置くべきである。(b)二三五条は,「他 人の財物」と規定しており,旧刑法三六六条のように,明文上,窃盗罪の客体を「人の所有物」とはし ていない,以上のことを理由とし,本権説からの批判に対しては,1占有説も,財物の所持を保護する ことは,究極的には所有権その他の本権を保護することになるから,この立場でも不可罰的事後行為を 基礎付けられうる。
2占有,所持の重要性が増大している今日,占有のもつ「本権推定機能」を視野に 入れれば,窃盗犯人からの取戻行為について窃盗罪の成立を認めても,必ずしも法感情に反するとは言 えない。法治国家においては,いかに権利者といえども,自己の実力によってではなく,あくまでも民 事訴訟制度を通じて権利の実現を図るべきであると反論する。
このような両説の対立のなか,その折衷的な立場が主張されるようになった。いわゆる平穏な占有説 である。
この立場は,(a)刑法が法益保護を任務とする以上,その法益は,法秩序によって是認されるも のでなければならず,その意味で,民事上の所有権その他の本権を保護法益とするのが基本的には妥当 であるが,(b)権利関係が浮動的,錯綜している現代社会においては,所有権その他の本権の所在は,必 ずしも客観的に明確とはいえないから,権利者らしい外観を示す占有そのものを保護する必要があると して,財産罪の保護法益は,「平穏な占有」であるとする。 この点について,判例は,占有説あるいは平穏な占有説を採用したと評価されている(最判昭三五・ 四・二六刑集一四・六・七四八)。なお,最近の学説のなかには,ドイツ刑法における刑法上の財産の 意義をめぐる議論を前提にこの問題を解決しようとする立場がある(林幹人)。
六
なお,この論点は,具体的には,1禁制品にも財産罪が成立するか,2第三者の盗犯からの奪取行為 の取扱い(他人の財物を奪った者の占有を侵害した場合にも財産罪が成立するか),3被害者の盗犯か らの奪取行為の取扱い(自己の財物を奪った者の占有を侵害した場合にも財産罪が成立するか),4権 利行使と詐欺,恐喝罪の成否(相手方が不法に占有する自己の所有物を欺罔あるいは脅迫の手段を用い て取り戻した場合に詐欺あるいは恐喝罪が成立するか)などの点で問題となる。
すなわち,まず,1については,占有説によれば,禁制品も保護の対象になることは問題ない。平穏 な占有説によっても,同様である。他方,本権説によれば,窃盗罪は所有権を保護の対象とするから, 禁制品は所有権の対象になりえず,財物にあたらないといえそうであるが,この立場においても,国家 といえども,一定の法的手続によらなければ禁制品を没収することができないのであるから,禁制品を 占有している所有者は,策三者に禁制品の占有を主張できる事実上の利益を有しているので,禁制品も 財物として保護の対象となるとする。
つぎに,2については,占有説によれば,権原のない占有も保護されるから,占有侵害がある以上, 行為者に窃盗罪が成立することは問題ない。平穏な占有説によっても,その占有が平穏なものであれば, 同様である。他方,本権説によれば,権原による占有がないから,行為者に窃盗罪が成立しないといえ そうであるが,この立場においても,行為者は,原所有者の取戻しをさらに困難にしたことを理由に, 原所有者の所有権を侵害したとして,行為者に窃盗罪の成立を認める。
さらに,3については,本権説によれば,権原による占有がないから,被害者に保護されるものがな く,行為者に窃盗罪は成立しない。これに対し,占有説によれば,占有があるから,自救行為の要件を満たさないかぎり,行為者に窃盗罪が成立する。そして,平穏な占有説によれば,その占有が平穏と認 められるか否かにより結論を異にしよう。
最後に,4については,本権説によれば,権利行使であれば,保護すべき利益が害されていないから, 欺罔あるいは脅迫手段を用いても,詐欺・恐喝罪は成立しないとし,占有説によれば,権利行使であっ ても,手段が欺罔あるいは脅迫である以上,違法な手段は許されず,自救行為などの理由で違法性が阻 却されないかぎり,詐欺・恐喝罪が成立するとする。