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不法領得の意思とは?窃盗罪を例に解説

不法領得の意思の意義及び機能

窃盗罪の客観的要件は,占有者の意思に反して,その財物に対する占有を侵害し,これを自己又は第三者の占有に移すことであり,また,主観的要件である故意とは,客観的構成要件事実の認識である。
ところが,判例及び学説の多くは,主観的要件として,故意のほかにいわゆる「不法領得の意思」が必要だとしている。判例は,不法領得の意思を,「権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用もしくは処分する意思」と定義している。
要するに,財物窃取時において, 窃取後これを自己の所有物としてその経済的用法に従い利用・処分する目的がなければ,窃盗罪は成立しないということである
このように,客観的構成要件事実に対応しない,客観的構成要件事実の範囲を超えた主観的要件を主観的超過(違法)要素という。
学説の中には,不法領得の意思を,定義の前段部分「権利者を排除して自己の所有物とする意思ないし自ら所有権者として振る舞う意思」のみを意味するものとして用いる説と,後段部分「経済的(ないし本来的)用法に従って利用・処分する意思」のみを意味するものとして用いる説があり,さらに不法領得の意思は不要であるとする説も存する。
このように,一口に不法領得の意思といっても,その意味するところについては①「自ら所有権者として振る舞う意思」(以下,便宜上この意思を「所有意思」という。)と②「物の経済的(本来的)用法に従って利用・処分する意思」(以下,便宜上この意思を「利用意思」という。)という二つの一応異なる内容を含んでいるわけである。

以上整理すると,窃盗罪の主観的要件として,故意のほかに,所有意思及び利用意思が必要であるとする説,所有意思のみが必要であるとする説,利用意思のみが必要であるとする説,所有意思・利用意思のいずれも不要であるとする説がそれぞれあって対立していることになる。
それでは,なぜ故意のほかに不法領得の意思のような主観的要件が必要なのだろうか。

所有意思

所有意思が必要とされる理由は,従来からよく挙げられてきた例で言うと,他人の自転車を一時的に無断借用したような場合にまで占有を侵害したとして窃盗罪で処罰する必要はないのではないか,すなわち一時使用した後に返還する意思で占有を侵害するいわゆる使用窃盗を不可罰とせんがためである。使用窃盗の場合は所有意思がないとして窃盗罪の成立を否定しようというのである。

利用意思

利用意思が必要とされる理由は,財物を壊したり隠したりするためにその占有を奪った場合は窃盗罪よりもむしろ毀棄・ 隠匿罪で処罰すべきではないかという考えからである。毀棄・隠匿目的の窃盗の場合は利用意思がないとして窃盗罪の成立を否定しようというのである。
このように,不法領得の意思とは,理論的というよりはかなり機能的な概念であることは否めない。以下,所有意思,利用意思のそれぞれにつき格別に検討することとする。

自ら所有権者として振る舞う意思

所有意思必要説も,全ての使用窃盗が不可罰だというわけではない。
たとえ一時的にしろ権利者を完全に排除して自己の所有物であるがごとく振る舞うときは不法領得の意思があるとか,一時使用でも価値を費消する意思があれば不法領得の意思があるとして,自動車等の一時使用を可罰的とする学説が有力である。
一時的にでも権利者を排除する意思があれば所有意思があるというなら,かなりの使用窃盗は可罰的だということになろう。
判例は,財物の一時使用は所有権者として振る舞う意思に欠けるとして基本的には不可罰としてきた (ただ,自動車等につき乗り捨てる意思があれば不法領得の意思が認められるという)。
しかしその後,自動車を丸一日(約一八時間)乗り回した事案につき,たとえ返還の意思があっても,使用時間のいかんによっては不法領得の意思が認められるとし,さらに,盗品運搬目的で他人の自動車を夜間無断使用し, 朝までに元に戻すという行為を繰り返していた者に対して,盗品運搬という違法目的であったことと, 相当長時間乗り回していたことを根拠に不法領得の意思を認め,また,夜中に自動車を五時間乗り回す つもりで,四時間後に捕まった行為につき,数時間自動車を自己の支配下に置く意思があった以上,元に戻す意思があったとしても不法領得の意思はあるとした。

そこで,以上のような判例の傾向を踏まえて,端的に「どれだけ財物の利用が客観的に妨げられたか」 によって可罰性を判断する説もある。
すなわち,窃盗罪は,処罰に値する程度の占有侵害があってはじ めて構成要件該当性が認められるとして,軽微な占有侵害は,構成要件に該当する侵害にあたらないというのである。
このように考えれば,ごく短時間の一時使用の不可罰性を導くために所有意思という概念は用いる必要はないことになる。

所有意思必要説

所有意思必要説によれば,不可罰的な一時使用目的で占有を侵害し財物を取得した後,気が変わって返還することなく自分のものにしようと考えこれを実行した」場合に窃盗罪では処罰できないことになるが,これはいかにも不当ではないかと思われる。
また,所有意思は不要で,処罰に値する占有侵害を窃盗罪の客観的構成要件要素と解すればよいという説については,結局,処罰に値する占有侵害かどうかは,窃取(既遂)後の事情を考慮しなければわからないのではないかと思われるのであって,このように窃盗が既遂に達した後の事情を構成要件に取り入れるのは,不法領得の意思という主観的超過要素を認めない代わりに客観的超過要素を認めるに等しく,妥当でない。

物の経済的(本来的)用法に従って利用・処分する意思

判例は,小学校の教員が,校長を陥れようとして,教育勅語等を教室の天井裏に隠した行為とか,仕返しのため,他人の家から無断でチェーンソーを持ち出して海中に投棄した行為について,不法領得の意思がないとして窃盗罪で処罰しなかった。

利用意思必要説

しかしながら,利用意思必要説は,毀棄の目的で占有を奪ったが,その後気が変わり,壊さないでそのまま放置したり,あるいは利用・処分する意思を生じてこれを実行した場合に,窃盗罪で処罰することができない。
さらに,一年後に壊すつもりで窃取したような場合はどうなるのだろうか。この点につき,毀棄目的で占有を奪った後に利用・処分の意思を生じた場合は占有離脱物横領として処罰できるからかまわないという説もある。しかし,右のような場合はやはり窃盗罪で処罰すべきではないのだろうか。

まとめ

窃盗罪は,犯罪が終了しても法益侵害の状態が続くいわゆる状態犯の一つだといわれている。
「不法領得の意思」論の問題性は,この犯罪終了後の事情を考慮に入れようとすることに起因しているといってもよいと思われる。
すなわち,「不法領得の意思」論というのは,窃盗が既遂に達した後に,犯人が, 盗品をすぐ被害者に返還した場合とか,盗品をすぐ壊した場合に,窃盗罪で処罰するのはおかしいのではないかという問題だからである。
使用窃盗の場合,確かに不可罰にすべき場合があることは否定できない(そのような事件が起訴されることは稀であろうが)。かといって,そのような場合に,不法領得の意思がないからとか,処罰に値する占有侵害がなく構成要件に該当しないからという論理で不可罰にするのは,前述の通りそれぞれ難点がある。
これは,不法領得の意思が,既遂後の事情を行為時において先取りせんがための論法であることに由来している。
判例は,自動車の使用窃盗について,例えば何時間乗り回したかを問題にしているが, このような既遂後の事情を不法領得の意思の存否の判断材料に使う位なら,端的に可罰的違法性論をこの場合に適用することはできないだろうか。
そもそも使用窃盗で不可罰とされるような事実というのは可罰的違法性の観点からも違法性が否定される事実であろう。
そして,可罰的違法性の論理ならば,既遂後の事情を考慮に入れることに何ら支障はないからである。
次に,毀棄目的の窃盗についてであるが,そもそもある特定の財物が盗まれるのも壊されるのも被害者から見れば同じであるのに,窃盗の方が毀棄よりも重く処罰されるのは何故かと言えば,それは窃盗が利欲的犯罪であるからだろう。
その意味で,毀棄目的の窃盗を,窃盗罪ではなく毀棄罪で処罰したいと考えるのは筋が通っているわけである。
また,利用意思不要説をとると,確かに毀棄・隠匿罪の成立範囲が狭まるということもあるかもしれない。
しかし,そのために不法領得の意思概念を用いるとなると,前述のような難点はやはり回避しえない。これも,既遂後の事情を行為時において先取りしているためである。
思うに,毀棄目的の窃盗は,毀棄罪に問擬せずとも,実際上,量刑の際に利欲的動機のない毀棄罪と同質の行為であることが情状として斟酌され,実質的妥当性は担保されるであろうから,無理に不法領得の意思を要件とするまでもないのではなかろうか。