司法試験の勉強会

現役弁護士が法学部一年生向けに本気の解説をするブログです。

詐欺罪について無賃乗車を実例に解説

甲は,所持金がなく,かつ代金支払の意思もないのに,あるかのように装って,A 運転の タクシーに乗り,目的地の近くで「気分が悪くなったので降ろしてくれ。」と嘘を言って車を止 めさせ,そのまま逃走した。
甲の罪責を論ぜよ。

 

はじめに

本問はいわゆる無賃乗車の事例であり,詐欺罪の成否が問題になる。
無賃乗車,キセル乗車や無銭飲食の事例が詐欺罪に該当するか,該当するとして一項詐欺(刑法二四六条一項)になるのか二項詐欺(同条二項)になるのかなどの問題は,詐欺罪の基本の理解がしっかりなされているかが如実に現れるところであるから,十分に整理して理解しておく必要がある。
詐欺罪の構成要件は①財物の交付または財産上の利益の処分行為に向けられた欺罔行為をし②相手方が錯誤に陥り財物の交付または財産上の利益の処分行為をし③行為者が財物または財産上の利益を取得し相手方に財産上の損害が生じること④およびこれらの間に因果関係があることである。
一見他人を騙して儲けを得ているような事例であっても,財物の交付または財産上の利益の処分行為に向けられた欺罔行為がなければ詐欺罪は成立し得ず,これがあってもその他の要件のどれかが欠ければ詐欺罪は未遂となるに過ぎない。


結論

本問では,甲は初めから代金支払の意思も能力もないのに,これがあるように装ってAを騙している。 そしてこの欺罔行為は,代金を支払うと偽って相手方に目的地までの輸送を求めるものであるから,金銭的対価を取得すべき労務,すなわち,財産上の利益の処分行為に向けられた欺罔行為である。
したがって,甲には二項詐欺罪の実行の着手がある。
甲は,目的地の近くで嘘を言って車を止めさせ,そのまま逃走しているが,すでに財産上の利益の処分行為に向けられた欺罔行為があるのであるから,車を止めさせるために嘘をついたことが詐欺罪の欺罔行為に該当するかを検討する必要はひとまずなく,当初の欺罔行為の因果の流れとして考えれば足りる。
さて,A は甲の当初の欺罔行為によって,代金を支払ってもらえるという錯誤に陥り,その結果,目的地近くまで甲を輸送しているのであるから,金銭的対価を取得すべき労務を提供しており,財産上の利益の処分行為をなしていると解され,甲はこれを取得している。そして,代金を支払ってもらえなかったことにより,A には財産上の損害が生じている。したがって,甲には,二項詐欺罪の既遂が成立することになる。

 

応用


ところで,乗車するときには,代金支払の意思があり,その能力もあると思っていたが,乗車後に悪い気を起こし,本問のような嘘を言って降車して代金を支払わずに逃走した場合はどうなるか。
この場合は,降車する際の嘘が詐欺罪の欺罔行為に該当するか否かを考える必要がある。
この場合,甲は確かにAを騙してはいるが,Aに何らかの財産上の利益の処分行為を求めているのではない。
Aは,錯誤に陥ったとしても,甲に対し代金の支払を免除や一時猶予の意思表示をするのではないからである。
ここで,仮に甲が「自宅に財布を忘れてきたのですぐに取ってくるから,それまで代金の支払を待ってくれ」 と嘘を言ったのだとすれば,一時的な支払猶予という財産上の利益の処分行為に向けられた欺罔があったことになり,A が騙されなければ未遂にとどまるが,A がその旨騙されて一時支払を猶予したとすると,二項詐欺の既遂となる。