二重譲渡とは?事例問題を交えて解説
第一問 甲は,自分の所有する土地をAに売却し,代金も受領していたが,その登記名義はまだ甲 に残っておりAには移転していなかった。そのことを知った甲の友人乙は,この土地をさらにだ れかに売却させてその代金を自分に融資してもらおうと考え,甲にその旨相談をもちかけた。甲 も乙の話を聞いてその気になり,甲と乙の間で,乙が新たな買い手を探してくれば,甲はその者 にこの土地を売却し,その代金を乙に融資するという相談がまとまった。そして,乙が事情を知らないBを新たな買い手として見付けてきたので,甲は,Bにこの土地を売却し,Bに所有権移 転登記をして,代金全額を乙に融資した。
甲,乙の刑事責任を論ぜよ。
一
本問は,不動産の二重譲渡の問題に共犯の問題を絡めた問題である。抽象的な議論をすれば,かなり 多くの論点について触れることも可能だが,問題文に現れた事実関係を前提として,必要な限度で相応 な検討を加えることが必要である。
二 甲の罪責
まず,Aに売却した土地(以下「本件土地」という。)をBに二重売買した甲の行為が横領罪となるかが関係となる。
横領とは,「自己の占有する他人の物」を領得する行為である。
甲がもと所有していた本件土地は,甲A間の売買契約によりその所有権が買主であるAに移転している(民法一七六条)から,本 件土地が他人の物であることに問題ない。そこで,登記名義を有することが土地を占有することになる かが問題となる。 窃盗罪などにおける「占有」は事実的支配を意味するものと解されているが,窃盗罪等における占有 が侵害の対象として考えられる観念であるのに対し,横領罪における占有は被害者との委託信任関係の基礎として意味を持っている。
つまり,横領罪においては,占有の重要性はその排他力にあるのではな く,濫用のおそれのある支配力にあるのである。そこで,横領罪における占有については,窃盗罪なにおける占有よりもかなり広く,事実的支配関係のほかに,法律的支配関係をも含むものと解されてい る。したがって,既登記不動産の占有は,原則として,登記簿上その不動産の名義人となっている者に属することになる。
なぜなら,登記名義人は,法律上当該不動産を第三者に処分しうる地位にあるのであって,その支配を有するといえるからである。
以上より,登記名義人たる甲は,本件土地を法律上支配し占有するものといえるから,本件土地をB に売却する行為は横領罪を構成するものと解される(最判昭和 30・12・26 )。
なお,本問では,Aから甲への代金支払い及び甲からBへの登記移転がいずれも完了しているから直接の問題とはならないが,第三買受人との売買が,単に意思表示だけにとどまり,まだ代金や登記手続きに必要な書類の授受もない場合,あるいは,第二買受人への移転登記が未了で,まだ第一買受人に登記を移転する余地が残されている場合には,このような場合でもなお横領罪が成立するか否か,問題の存するところである(大塚仁・刑法各論上巻四七一頁注二六)。
次に,本件土地を自己の所有地であるとしてBに売却し,その代金を受領した甲の行為が詐欺罪となるかが問題となる。甲らの行為により,Bが本件土地を甲所有のものと錯誤し,しかもその錯誤がなけ れば売買契約を締結せず,代金を支払うこともなかったであろうという関係が認められる場合には詐欺 罪の成立を認めるべきである(東高判昭和 48・11・20 )。甲の行為が詐欺罪の欺罔行為にあたるか,という点については,次のような議論がなされている。すなわち,ある論者は,Bにとって重要なのは,甲が完全な所有権をBに譲渡できるかどうかであるから,右のような錯誤は取引上本質的に重要でなく,詐欺罪の前提としての欺罔とみるには足りない(藤木英雄・新版刑法 演習講座四五五頁)とする。他方,Bが登記を経る前にAへの登記がなされてしまえばBは所有権を取得できなくなるし,たとえBが登記を経たとしてもA等との間で紛争を生ずる危険性が少なくないから,このような問題を含んだ不動産は買い受けないのが通例であり,したがって甲の上記行為は社会通念上欺罔行為と評価できる(土本武司・民事と交錯する刑事事件三二頁)との考え方もある。
右の議論は,いずれを原則と考えるかという一般論であり,結局は具体的事例に即して欺罔行為性を判断することになろう。 また,完全な所有権を取得したBには財産上の損害がないのではないか,という問題もあるが,一項詐欺罪は個別財産に対する犯罪であり,代金交付そのものが財産上の損害といえるから,この点から詐 欺罪の成立が妨げられることはない。なお,これに類似する典型論点として,二重抵当と詐欺・背任の成否という問題がある。
三 乙の罪責
まず,甲の横領行為に対する加功行為をどう考えるかが,乙の身分との関係で問題となる。乙は,甲に本件土地転売の話を持ち掛け,新たな買手を探すなど,事実上横領行為を甲とともに行っているものと評価できるものの,乙には本件土地の占有者たる身分がないからである。 この問題は,通常,共犯と身分という刑法六五条の解釈問題として論じられている。この点に関する通説的理解は以下のとおりである。
身分犯には,その身分がなければ何ら犯罪を構成しないもの(真正身分犯)と,その身分がないと他の犯罪を構成するもの(不真正身分犯)とがあり,刑法六五条一項は真正身分犯に,二項は不真正身分犯について規定している。また,一項にいう「共犯」には,教唆犯,幇助犯のみならず,共同正犯も含まれる。 これを本件に当てはめれば,他人物の占有者たる身分は,これがなければ横領罪を構成しないものであるから真正身分犯であり,しかも,乙は横領行為を甲と共同して行っているのであるから,乙につい ては,刑法六五条一項により横領罪の共同正犯が成立する,ということになる。 これに対し,真正身分犯については,身分なき者の行為はそもそも犯罪の実行行為としての類型を欠 くから,身分なき者による共同正犯ということは有り得ない(団藤重光・刑法綱要総論(改訂版)三九四頁) とする考え方も有力である。 次に,甲のBに対する詐欺罪が成立する場合には,乙にも詐欺罪の共同正犯が成立する。この場合, 甲がBから得た売買代金は,詐欺により騙取された賍物であるが,乙自身が詐欺罪の共同正犯者であるから,これを甲から借り受けたとしても賍物故買等の賍物罪を構成するものではない。
四 罪数
甲及び乙につき詐欺罪が成立する場合,横領罪との罪数関係が問題となる。Bに対する本件土地の売 却という社会的に一個のものと評価できる行為であるから観念的競合(刑法五四条一項前段)の関係に立つ,との見解もあり得よう(観念的競合に関しては最大判昭和 49・5・29 参照)。他方,前掲土本・民事と交錯する刑事事件四五頁は,それぞれの構成要件に該当する行為は別個のものであり,被害者も異なり,また,意思活動も単一のものとは考えにくく,既遂時期も異なる(横領は第二買受人への移転登記を完了したとき,詐欺罪は第二買受人から代金の交付を受けたときとしている。)ので,併合罪と解する方が妥当であるとしている。 なお,二重抵当の場合についても同様の問題が生ずるが,これについては最高裁判所判例解説刑事篇 昭和 31 年度三九〇頁参照。