①錯誤・詐欺,②保証,③債権譲渡について解説
第1 出題趣旨
1 ①錯誤・詐欺,②保証,③債権譲渡についての理解を深める。
2 複雑な事実関係を整理した上,問題点に気づける能力を養う。
第2 解説(設問1)
1 問題状況
⑴ 前提
CはAとの間でBの債務につき,保証契約を締結している。
⇒CはAから保証債務につき,履行しなければならない。
⑵ 本件での特殊事情
ア 前段
Cは,本件保証契約締結当時,Bの代金債務を担保するためにBがその所有する建物に抵当権を設定するものと信じていたが,実際にはその事実はなかった。
⇒錯誤?
イ 後段
Cが誤信していたのは,Bが欺いていたからであった。
⇒詐欺?
契約の相手方による詐欺ではないが・・
2 知識の確認
⑴ 保証
ア 意義
保証債務とは,債務者(主たる債務者)が債務を履行しない場合に,これに代わって履行するために債務者以外の者(保証人)が負担する債務をいう(民法446条1項)。
イ 要件
① 主債務(=保証の対象となる債務)があること
② 保証契約の成立(債権者と保証人との間の合意)
③ ②が書面(又は電磁的記録)によってされたこと
ウ 連帯保証との違い
催告・検索の抗弁権が無い
保証債務は,あくまで主債務を担保するものである(これを「補充性」という。)。そのことから,保証人には以下の権利が認められている。
①催告の抗弁権(452条)…主たる債務者にまず請求をしろと主張できる権利
②検索の抗弁権(453条)…主たる債務者に資産があるようなら,その資産からまず回収しろという権利のこと。
⇒連帯保証の場合には,これらの抗弁権が認められていない。
連帯保証人に生じた事由につき,主債務者にも効力を及ぼす場合がある(458条)。
⑵ 錯誤(95条)
ア 意義:表意者が内心と表示の不一致を知らないで,意思表示をすること
⇔心裡留保(93条),通謀虚偽表示(94条)は,表意者自身が内心と表示の不一致を知りつつも意思表示をする場合
イ 要件(内容は旧法と変わらないが,明文化された部分があるため,条文を要確認)
①95条1項各号該当性
ⅰ)意思表示に対応する意思を欠く錯誤(表示行為の錯誤)
又はⅱ)表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤(動機の錯誤)
②①の錯誤が,法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである
こと(95条1項柱書)
⇒ⅰ)その錯誤がなければ,表意者は意思表示をしなかったこと
+ⅱ)ⅰにつき,通常の人の基準(一般取引通念に照らして)としても妥当であること(=通常の人であっても契約しないと認められること)
③(動機の錯誤の場合)錯誤の対象となる事情につき,法律行為の基礎とされていることが表示されていること(95条2項)
④表意者に重過失がないこと
ウ 動機の錯誤
95条1項2号について
法律行為(意思表示)そのものには錯誤がないが,法律行為(意思表示)に至る経緯・動機につき,錯誤がある場合
95条2項について
動機の錯誤について,表示の錯誤と同様に保護されるためには,錯誤の対象となる事情につき,法律行為の基礎とされていることが表示されていることが必要となる。
⇒「表示」が具体的に示されていること(明示)を要するか,暗に示されている場合でも足りる(黙示)かについては法改正でも踏み込まず,解釈に委ねられたが,判例は黙示でも足りるとしている。
エ 効果
当該意思表示につき,取消すことができる(無効から取消となったため注意)。
∵ かつては,表示と内心との間に食い違いがある場合,「表示に対応する意思がない」という理由から,無効としていた。しかし,後述する詐欺と比べても,「表意者が本意では無い意思表示をしてしまった場合」としてさほど差があるとは言えない。そこで,錯誤の効果を取消権の発生とした。
オ 例外規定-表意者に重過失がある場合等
表意者に重過失ある場合の取消制限
勘違いをしたといっても,その原因はいろいろあり,勘違いについて表示者に重大な落ち度があるのにこれを保護するのも,相手方に酷である。そこで,錯誤につき,重過失ある場合,表意者は取消の意思表示をすることができない(95条3項柱書)。
取消制限の例外
ただし,表意者に重過失があっても,「表意者の相手方が,表意者が錯誤に陥っていることについて知り又は重大な過失によって知らなかった場合(95条3項1号),「表意者の相手方も表意者と同様に錯誤に陥っている場合」(同項2号:いわゆる,共通錯誤の場合)には取消が出来る。
前者の場合は,相手方は表意者の勘違いを知っている(少なくとも知っていて然るべきである)ので,取消権を行使されても,「ああ。勘違いしてたからな。取り消すと思ってたよ。」で済む。後者の場合は,相手方も勘違いしていたということなら,そもそも,相手方も「成立していた合意の履行」を考えていなかったと言えるから,表示の効果を認める必要は無いからである。
⑶ 詐欺(96条)
ア 詐欺とは:欺罔によって人を錯誤に陥れることをいう。
イ 制度趣旨
相手方の欺罔行為により,表意者が錯誤に陥り,その錯誤によって意思表示をしてしまった場合(EX,売主が贋作であるにも関わらず,本物であると欺き,買主に贋作の絵を本物に近い値段で売る売買契約を締結した場合),買主は絵を購入するという内心的効果意思(上記の場合だと,売買契約の締結という効果を発生させようとする意思)は認めることができるが,かかる意思が形成されたのは,相手方である売主が虚偽を伝えたことが原因であるため,意思通りの効果を認めることは好ましくない。
⇒かかる瑕疵(かし)ある意思表示がなされた場合には,取り消すことができるとされている(民法96条1項)
ウ 類型
相手方が詐欺を行う場合(96条1項)
⇒①違法な欺罔行為,②それにより,表意者が錯誤に陥ったこと,③その錯誤により,表意者が意思表示をしたこと,④欺罔行為者の故意(錯誤に陥らせる故意とその錯誤により意思表示をさせる故意)が必要となる。
第三者が詐欺を行う場合(96条2項)
EX)第三者が買主に対して,売主の所有している絵はバンクシーの絵であるから,購入した方がよいと欺き(本当は偽物の絵),売買契約を締結させるような場合。なお,第三者と売主はグルであり,売主は第三者が詐欺を行っていることを知っていた。
⇒かかる場合は,①ないし④に加えて,⑤瑕疵ある意思表示の相手がその事実(騙されているとの事実)を知っていたとき,または知り得たとき (知らなかったとしても,知らなかったことにつき,過失がある)に限り,取り消すことができる(96条2項)。
3 事案の検討
⑴ 前段
ア 問題提起
Cは,Aとの間で,BのAに対する代金債務を保証する本件保証契約を締結しており,Aに対して,保証債務を負っている。
しかし,Cは,Bの代金債務を担保するためにBがその所有する建物に抵当権を設定するものと信じていたが,実際にはその事実はなかった。そのため,Cは,錯誤が認められるとして,本件保証契約を取消すことができるか。
イ 要件
本件で,Cは,Bが所有する建物に抵当権を設定するものと信じて本件保証契約に至っている(以下「本件錯誤」という。)ことから,意思表示の動機部分に錯誤が認められるため,民法95条1項2号に該当する。
そのため,取消が認められるためには,①本件錯誤が,「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」であること(民法95条1項柱書),②動機部分につき「法律行為の基礎とされていることが表示」されていること,③表意者に重大な過失が認められないことが必要となる。
ウ あてはめ
まず,「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」とは,当該錯誤がなければ,表意者は意思表示をせず,通常の人であっても同様であると認められることを意味する。
本件では,Cは,債務者であるBが抵当権を設定し,自身が債務を実際に負担する可能性はないと考えて保証契約を締結したものであるが,Bにそのような事情がない場合には,CがBの肩代わりをすることになるのであるから,保証契約を締結しなかったものと考えられる。そのため,Cが本件錯誤に陥っていなかった場合には,保証契約の締結はしない,すなわち意思表示はしなかったと認められる。
そして,通常,連帯保証契約を締結するメリットはほぼなく,保証契約を締結するとしても,自身が実際に債務を負担する可能性がない場合に限定されるのであるから,債務者に物的担保を設定するとの事情がない場合には,一般の人であっても,保証契約の締結はしなかったと認められる。そのため,本件錯誤がなければ,通常の人であっても,保証契約の締結はしない,すなわち意思表示はしなかったと認められる。
よって,本件錯誤は,「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」であると認められる。
次に「法律行為の基礎とされていることが表示」されていることとは,動機部分につき,相手方に明示又は黙示的に示されていることが必要となる。
本件では,CはAに対し,Bが自己所有不動産に抵当権を設定するため,自己に負担がないから保証契約を締結するとの動機が表示されているため,明示的に示されていたといえる。
もっとも,Cが債務者であるBに確認しないで勝手に思い込んだとしてCに錯誤につき,重大な過失があると評価する余地がある。しかし,債権者であるAも債務者Bに確認することは可能かつ容易であるから,相手方につき,重大な過失によりCが錯誤に陥っていることを知らなかったと評価できるから,結論は左右しない。
エ 結論
以上によれば,要件を充足することから,CはAに対し,本件保証契約の取消を主張することができ,拒むことができる。
⑵ 後段
ア 問題提起
CはAに対し,Bによる詐欺により,本件保証契約を締結したとして,取消を主張することができるか。
イ 要件
詐欺による取消が認められるためには,①違法な欺罔行為,②それにより,表意者が錯誤に陥ったこと,③その錯誤により,表意者が意思表示をしたこと,④欺罔行為者の故意(錯誤に陥らせる故意とその錯誤により意思表示をさせる故意)が必要となり,また,本件は第三者による詐欺であるから,⑤相手方の悪意又は過失が必要となる。
ウ あてはめ
本件では,BがCに対し,B所有の建物に抵当権を設定するから,絶対に迷惑をかけないとの虚偽の事実を伝え(①),Cはこれにより,Bが所有する建物に抵当権が設定されるものと誤信した上で(②),自身が債務を負担することはないとして,本件保証契約を締結している(③)。そして,BはCが本件保証契約を締結するように,動機づけとなる虚偽の事実を伝えているから,当然に故意(④)も認められる。
さらに,抵当権はAとBとの間で設定するものであるから,Cの発言につき,Aは事実と異なることに気づくことは可能で,かつBに確認した場合Cに事実と異なることを伝えたことを知り得たといえることから,少なくともAには過失が認められる(⑤)。
よって,CはAに対し,取消権行使することで履行を拒絶することができる。
第3 解説(設問2)
1 問題提起
本件では,AはBに対し,虚偽の事実を伝えることで,本件売買契約を締結している。そして,AはDに対し,売買代金債権を譲渡していることから,DはAに代わって権利を行使できることになるが,保証人Cは,かかる請求を拒むことができるか。
⇒Cは,AのBに対する詐欺の事実を主張することで,Dの請求を拒むことができるか?
2 知識の確認
⑴ 保証
ア 前提:保証契約の性質
附従性:保証債務は,主たる債務と別個の債務である。しかし,あくまで主たる債務を担保するのがその目的であるから,主債務なき保証債務は(根保証を除き)存在しないし,主債務を越える保証債務も同様である。これを保証債務の附従性という(448条)。
随伴性:また,担保は主たる債務の履行を確実にするものであることから,主たる債務とともにあるべきなので,主たる債務に対応する債権が譲渡された場合,保証契約関係も自動的にくっついていく。これを保証債務の随伴性という。
⇒本件では,AからDに対し,債権が譲渡されているが,Cの保証債務もその
まま移行され,CはDに対して保証債務を負うことになる。
イ 主たる債務者の抗弁権の援用
保証債務は,あくまで主たる債務を担保するものであるから,主たる債務者がいえることは保証人もいえなければならない。そこで,主たる債務者が,同時履行の抗弁権などを有する場合には,保証人もこれを主張することができる(457条2項)。
ウ ★主債務者の有する形成権の援用による履行拒絶★
主たる債務者が債権者に対してもつ抗弁権が相殺権,取消権,解除権等の形成権の場合,保証人は,これらの形成権を保証人が独自に行使できるのではなく,その範囲で履行拒絶できる(457条3項)。
⑵ 債権譲渡
ア 債権の自由譲渡性
債権は原則として自由に譲渡することができる(466条1項本文)。なお ,性質上,譲渡が禁止される債権の場合には,制限される(466条1項但書)。
また,譲渡制限・禁止を当事者間で合意した債権については,譲渡の効力そのものは妨げられない(466条2項)。
イ 債権譲渡の通知・承諾(対抗要件)
債権譲渡は,譲渡人が債務者に通知し,又は債務者が承諾しないと債務者その他の第三者に対抗(債権を譲り受けたとして権利行使すること)ができない(467条1項)。
なお,第三者(他に債権を譲り受けた人等)に対しては,譲渡人の通知又は債務者の承諾は,確定日付のある証書によってしなければならない(467条2項)。
ウ ★債務者の抗弁の対抗★
債務者が,譲渡人による債権譲渡通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由については,譲受人に対抗できるとした(468条1項)。
∵債権が譲渡されていない状態であれば,債務者が債権者に対して主張出来る抗弁(支払いを留保ないし拒絶できる理由)が,債権の譲受人に対しては主張できなくなってしまうというのは,債務者に酷である(しかも債務者は債権譲渡自体に関与することはできない)。
3 あてはめ(簡易Ver)
⑴ 本件でCは,AのBに対する詐欺により,Bは取消権を有することを主張することで,Dの請求を拒むことができるか?
⑵ 保証人は,債務者が取消権を有する場合には,取消権の行使により債務を免れるべき限度において,債務の履行を拒むことができる(457条3項)。
本件において,Bは,Aによる詐欺を原因とする取消権を有し,本件売買契約を取消すことができることから,2000万円の代金支払債務を免れることができ,保証人であるCもその範囲で履行を拒むことができる。
⑶ もっとも,AからDに債権譲渡がされているが,CはDの履行も拒むことができるか。
この点,債権譲渡がなされた場合であっても,譲渡の通知(対抗要件の具備)がなされるまでに生じた抗弁をもって債務者は,対抗することができる(468条1項)。
そして,Aによる詐欺は債権譲渡の通知よりも前に行われており,Bが取消権を行使するための原因は生じていたことが認められる。
したがって,BはDに対し,取消権を行使し,2000万円の代金支払債務を免れることができることから,保証人であるCも取消権の存在を主張することで取り消し得る範囲で履行を拒むことができる。