司法試験の勉強会

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公訴事実の同一性の機能について解説


刑事訴訟における審判の対象について学説上争われている。その主要な争点は,審判の対象は,公訴 事実か,訴因かということにある。そして,公訴事実は,審理の対象となっている犯罪行為の社会的事 実であり,訴因は,この社会的事実を整理,特定し,審理の目標として存否が争われる事実と解されて いる。ところで,現行刑事訴訟法は,当事者主義を採用しているといわれる。当事者主義の要請は,一 定の特定された審判の対象について,当事者がその存否を争い,攻撃防御を尽くすことによって実現さ れるものであり,いわば訴訟追行を当事者の主導に委ねる制度であるところ,これに対立する概念とし て定立される職権主義においては,提出された広い社会的事実について審理を行い,それが何らかの具 体的犯罪行為に該当するか否かを判定するものであり,裁判所は社会事実から具体的犯罪行為の特定ま での過程を担うわけで,裁判所の職権によって審理が主導されることになる。従って,現行法が当事者 主義の立場を採用している以上,審判の対象は,当事者の攻撃防御の対象である訴因にあるといわなけ ればならないとする立場が,通説としての地位を占めるに至っている。 しかしながら,刑事訴訟法は三一二条一項において,公訴事実の同一性を害しない範囲内での訴因変 更を認めたうえ,二項で,裁判所が訴因変更を命ずることができる旨定め,判例(最判昭和 43 年 11 月 26 日)は,裁判所が訴因変更を命じなかったことが,審理不尽の違法となる場合があることを明らかにして いる。そうだとすると,原則として,審理は,当事者の訴因に対する攻撃,防御によって追行されてい くにしても,当事者及び裁判所は,訴因の背後にある社会的事実としての公訴事実にも関心を持って審 理に臨んでいるといわざるをえないのであり,裁判所は,訴因から離れ,公訴事実に目をむけて,審理 に後見的に介入することもできるのである。従って,現行法は当事者主義を採用しているとはいっても, 全ての場面を当事者主義の理念で一貫させているわけではなく,部分的には,職権主義の考え方も取り 入れているということができる。そして,このことからすれば,訴訟の進行は訴因を中心に展開するに しても,ときとして背後にある公訴事実から訴因が変更され,別の訴因が訴訟の中心ともなるのである から,公訴事実が審判の対象を画するために,何らかの役割を果たしていることは否定できないことに なる。そのため,訴因は現実的審判の対象であるが,公訴事実は潜在的審判の対象である(団藤重光)と か,審判の対象は公訴事実であるが,審判の主題は訴因である(平場安治)とか,審判の対象は公訴事実 であるが,訴因は判決を拘束する(横川敏雄)とか説明されることになる。 ところで,現行刑事訴訟法が導入した訴因の制度は,捜査段階から形成された嫌疑を,裁判所が受け 継ぎ,社会的事実から認定できる犯罪行為を特定できるかどうかを引き続いて判定する旧法下の職権主 義の体質をもつ制度を否定し,明確な審判の対象を設定して,捜査段階とは切り離された公判手続にお いて,審判の対象をめぐり当事者が攻撃,防御を尽くす手続を作り出すために,案出された英米法上の 概念である。従って,訴因はそもそも審判の対象として定められたものである。法律上の他の規定は, 訴因が審判の対象であることを前提として,目的論的に説明されなければならないのである。刑事訴訟 法二五六条は,二項において起訴状に公訴事実を記載することを求め,三項で,公訴事実は訴因を明示 して記載するように定めている。公訴事実を訴因の背景をなす社会的事実と考えれば,右条項は,検察 官が公訴を提起する対象,すなわち審判の対象を公訴事実としているとも思われなくはない。しかし, 公訴事実とは,公訴を提起する対象の事実であり,審判の対象の抽象概念である。公訴事実を,具体的 な事実である社会的事実というのは,その意味で正しくない。確かに,検察官が公訴を提起するのは, 嫌疑を抱いた事実であり,それが社会的事実であることもある。しかし,新法は,社会的事実をもって 公訴提起するという制度をとらず,訴因という特定された事実をもって公訴を提起するように定めてい るのである。公訴事実を社会的事実だというのは,旧法の公訴事実が社会的事実であったということである。新法下では,公訴事実は訴因ということになる。



公訴提起の効力は,審判の対象について生じることになる。審判の対象を訴因とすれば,公訴提起の 効力は,訴因について生じるというべきである。これに対して,公訴事実を社会的事実として審判の対 象への影響を認める立場は,公訴提起の効力は,公訴事実に及び,そのため公訴事実の同一性がある範 囲内で,訴因変更をすることができ,既判力が生じるため再起訴することができなくなり,二重起訴が 禁じられ,公訴時効が停止することになると説明している。つまり,訴因の背景となる社会的事実であ る公訴事実について,公訴提起の効果があるため,訴因変更,既判力,二重起訴の禁止,公訴時効の停 止も,この社会的事実を基準にした範囲内で効果が生じるというのである。そして,公訴事実の同一性 の範囲内で,このような効果が現われることに争いはない。 問題は,公訴事実の同一性があるというのは,どのような考察から判定されるかということにある。 学説は多岐にわたり,公訴事実を社会的事実として,事件が社会的事実について基本的に共通している 場合に,公訴事実の同一性があるとする基本的事実同一説(江家義男),事件が罪質として同一と評価さ れる場合に,公訴事実の同一性があるとする罪質同一説(小野清一郎),事件が構成要件的に相当程度重 なり合う場合であるとする構成要件共通説(団藤重光),社会的関心の対象となる嫌疑が同一である場合 とする社会的嫌疑同一説(平場安治),訴因を相互に比較し,機能的に同一と評価できる場合であるとす る訴因共通説(平野竜一)がある。これらの見解は,公訴事実の同一性を,一定の範囲の事件を,同一の ものとして扱う範ちゅうであることとする点で共通している。争点は二つある。一つは,公訴事実の同 一性を,事実から判定するか,法的評価から判定するかである。しかし,この争いは,二つの観点から 総合的に公訴事実の同一性を判定することで解決されたといってよい。もう一つの争点は,訴因の背景 をなす社会的関心の対象としての嫌疑という概念をもって判定するか,訴因相互の純粋な考察をもって 判定するかである。前者の考え方は,公訴事実を社会的事実として,審判の対象を画する機能を認め, 公訴提起の効力が公訴事実について生じる(平場安治)としたり,審判の対象は訴因であるとしながらも, 公訴提起の効力は,社会的事実である公訴問題事実について生じる(鈴木茂嗣)と説くことになる。しか し,すでに述べたように公訴事実は審判の対象の抽象概念なのであり,具体的審判の対象は訴因以外に ないのであって,審判の対象を画したり,公訴提起の効力を判定する基準として,社会的嫌疑を持ち込 むことは,捜査段階から公判手続までを連続した過程とみることになり,新法の趣旨に合致しないとい わなければならない。公判手続は,原則として訴因を目標として展開される。捜査階段とは切り離され た手続であり,そこには訴因以外の社会的事実というものは,観念する余地がないのである。 それでは,公訴事実の同一性はどのように考えたらよいのであろうか。公訴事実の同一性とは,公訴 事実を審判の対象の描象概念とする以上,審判の対象として同一のものと判定できるかということであ る。つまり,二つの訴因について,審判の対象として同一に扱ってよいかという問題である。従って, あくまで訴因の比較対照によって判定されるのであり,訴因共通説が正当である。このことは二つの訴 因が同一のものと評価される場合にいわれる,訴因の同一性とは異なり,異なる二つの訴因を,抽象的 な審判の対象としての公訴事実からみたとき,同一と扱ってよいかということなのである。従って,公 訴事実の同一性は,訴因が相互に,審判の対象として同一の機能を有しているか否かから判定されるこ とになるのである。そして,特定の訴因について公訴が提起された場合,公訴事実の同一性を有する他 の訴因に,訴因を変更することができるのは,二つの訴因が審判の対象として同一の機能を果たしてい るからにほかならないのであるし,このように訴因が変更できる以上,訴因変更の可能な範囲の訴因に ついては,全て公訴が提起された訴因の手続で処理されたと考えるのが望ましいことになる。このことは,訴因の背景をなす社会的事実について,審判の対象や公訴提起の効力が認められるからではなく, 刑事訴訟の一事不再理の効力から考えられるべきものである。そして,このような手続一回性の理念が, 公訴事実の同一性の範囲が妥当することから,確定判決を得た訴因と公訴事実を同一にする他の訴因に よる再起訴が禁じられるのであるし(三三七条一号),特定の訴因について公訴が提起されたときは,こ れと公訴事実を同じくする他の訴因について,二重起訴の禁止(三三八条三号,三三九条一項五号),公 訴時効の停止(二五四条一項)の効力が及ぶのである。従って,既判力も一事不再理の効力から考えられ なければならない。