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不当利得の返還請求権とは?わかりやすく解説

甲は,乙から昭和54年月日金一〇〇万円を,利息年三割,弁済期同年12月31日の約 定で借り受け,一年分の利息として金三〇万円を天引きされ,金七〇万円を受領したが,期限に 返済できず,昭和 55 年 12 月 31 日に金一〇〇万円を支払った。
この場合の甲・乙間の法律関係はどうなるか。

 

 


利息制限法二条によるならば,まず第一に,消費貸借において,天引利息が先に差引かれ,残余が現 実に交付されたにすぎない場合には,天引利息を控除した現実の給付金額を利息計算の基礎とし,その 結果算出された利息額を超えて,利息の支払がなされた場合には,その超過額は元本に充当されたもの となる。ところで,本問では,甲乙間の消費貸借の貸付金額は,名目上一〇〇万円であるところ,利息 が天引されて乙が甲から現実に受領した金額は七〇万円ということになる。従って,甲が乙に支払うべ き利息額は,七〇万円を基礎として計算されることになり,利息制限法一条一項所定の制限利率は,七 〇万円については年一割八分であるから,甲は乙に対して一年間に,一二万六〇〇〇円の利息を支払え ばよいことになる。 もっとも,甲は,乙との約定に基づく弁済期である昭和54年12月31日に,返済することができず, これを徒過している。利息は,元本の存続期間を前提として,その間元本の所得として支払われる金額 であるから,弁済期の到来とともに,当初の約定から予定された元本の所得は目的を達することになり, 弁済期以降は利息を考えることができない。しかし,甲が弁済期を徒過したことは,甲の乙に対する履 行遅滞であるから,乙は甲に対して遅延賠償を元本の支払とともに請求することができることになる。 ところで,債務不履行による損害賠償について,民法四一九条は金銭債務に関する特則を定めている。 すなわち,まず同条二項によって,債務者は不可抗力をもって抗弁とすることができず,金銭債務につ いての債務者には絶対的責任が課せられているとともに,債権者は損害を証明する義務を負担しないこ とになっている。そして,同条一項は,債権者の損害証明責任を免除したことに対応して,損害賠償額 を原則として元本に対する法定利率に基づいて算出された金額とし,法定利率を超える約定利率が定め られているときは,それによる旨定めている。弁済期には,元本のほかに利息債権も現実に支払を求め ることができるようになるのだから,債務者が履行を遅滞してのちは,利息に対しても,遅延賠償を求 めることができるようにも思われる。しかしながら,民法四〇五条は,利息が一年以上延滞した場合に, 債権者の催告を要件として利息を元本に組み入れることを認めている。この規定は,利息について遅延 賠償を生じさせる要件を定めているものと考えられてもいるのであり,従って,そうだとすれば,同条 に定める要件が満たされ,利息が元本に組み入れられない限りは,延滞した利息について,遅延賠償が 生じる余地はないことになる。また,そう解さず,利息債権に対しても弁済期の徒過とともに,遅延賠 償が生ずるとするならば,四〇五条の規定そのものが無意味なものとなる。本問についてみるならば, 利息が元本に組み入れられたと考えられる余地はないから,利息に対する遅延賠償を問題にする必要は ない。 そこで,弁済期より後の甲が乙に支払うべき遅延賠償の額であるが,甲乙間には約定利率が定められ ており,それも法定利率より高い利率であったのだから,民法四一九条一項但書により,まず遅延賠償の基準はこの約定利率によるということが考えられる。しかしながら,右約定利率は利息制限法所定の 利息に関する制限利率を超えているのだから,本来制限利率まで減縮されたものを約定利率と考えるべ きで,従って遅延賠償の額も約定利率を基準として算出する以上,利息制限法に定める制限利率が基準 となるべきである。このような考えに対しては,利息制限法は,利息についての制限利率のほかに,賠 償額予定に関する制限利率を定めているのだから,遅延賠償の基準となる約定利率は,その制限利率に よる制約を受けるにすぎないのではないかという批判が考えられる。しかしながら,民法は四一九条と 四二〇条で明らかに利息の約定と損害金の約定を区別して規定しているのだから,四一九条の約定利率 に対しては利息約定についての制限利率を適用すべきなのであるし,またそう解さなければ,利息約定 が存在する限りは,当然に損害金約定も存在することになり,その利率が法定利率を下回る場合にも, 四二〇条一項により約定利率に従うべきことになり,四一九条一項但書が適用される余地がなくなるこ とになる。従って,四一九条にいう約定利率も利息約定についての制限利率によって減縮されると考え るべきなのである。判例(最判昭和 43 年7月 17 日)、通説ともにそう解している。これを本問についてみ れば,甲は乙に対して,弁済期徒過後も七〇万円について,利息制限法所定の年一割八分,すなわち一 二万六〇〇〇円の遅延賠償を支払えばよいことになる。



甲が乙に支払うべき金額は,まず元本七〇万円がある。次に,元本について昭和 54 年1月1日から 同年 12 月 31 日までの年一割八分の利息がある。民法における期間計算は,初日不算入を原則としてい るから,昭和 54 年1月1日から一年というと昭和 55 年1月1日となる。しかし,利息は初日から発生 するものと考えられているため,利息計算についていえば,昭和 54 年1月1日から一年間は,同年 12 月 31 日までということになる。従って利息は,七〇万円に対する年一割八分の利率による丁度一年分 の利息だから,一二万六〇〇〇円ということになる。さらに,遅延賠償すなわち遅延損害金がある。遅 延損害金も利息と同様に,弁済期が到来した翌日から即日発生すると考えられている。従って,昭和 55 年1月1日から同年 12 月 31 日まで,丁度一年間に相当する分が遅延損害金となる。利息と同額で一二 万六〇〇〇円ということになる。以上を合計すると九五万二〇〇〇円となり,これだけ甲は乙に支払え ばよかったことになる。 ところで,利息制限法一条二項,四条二項は制限利率を超える利息を支払った場合,債務者の超過部 分の返還請求を否定している。そこで,判例は当初,右各条項及び利息天引による消費貸借の場合にの み同法二条が元本充当を認めていることなどを理由として,制限利率を超えて債務者が利息を支払った 場合には,超過部分については元本に充当されることはなく,さらに残存債務について請求を受けるこ とになるという立場(最判昭和 37 年6月 13 日)をとった。しかし,学説からは支払った利息の超過部分 は元本に充当されたものと考えるべきだという強い批判が示されるようになり,その後判例は,利息が 制限利率を超えて支払われた場合には,その超過部分は元本に充当されたことになるという立場(最判昭 和 39 年2月 18 日)をとった。つまり,昭和 37 年の判例では,利息制限法一条二項,四条二項を根拠に し,さらに同法二条の反対解釈から,民法四九一条の法定充当の規定の適用を排除していたところが, 民法の規定を根拠に法定充当を肯定するように,判例に変更するに至ったのである。このことを,学説 のなかでは,利息の超過支払のあるときには,超過部分の返還請求を許すと,却って元本債務の履行を 求められることになり,法律関係が交錯することになるため,一方で超過部分の返還を認めず,他方で 元本充当を認めるのであると説き,利息制限法一条二項,四条二項と,判例とを統一的に説明しようと する立場(玉田弘毅)もある。さらに,判例は,債務者の支払った金額によって,元本,利息,損害金が全て完済され,なお余りのある場合には,債務者からの過払部分についての返還請求を認める立場(最判 昭和 43 年 11 月 13 日)をとるまでになった。この立場については,利息制限法一条二項,四条二項の明 文に反するとする批判も考えられるが,判例は右条項はあくまで元本が存在する場合の規定で,元本消 滅してのちは,利息,損害金を観念することができないのだから,もはや右条項の適用の余地はなくな ると説明している。学説も,判例の見解を歓迎している。すでに昭和 39 年の判例が示していたように, 利息の超過支払部分についての元本充当を認めるならば,元本までも完済した債務者について返還請求 を認めないならば,残存債務のある債務者との比較上,均衡を失することになるともいうことができる。 また,利息を超過支払した場合に,元本の支払請求と,超過支払部分の返還請求との交錯を避けるため, 利息制限法一条二項,四条二項が設けられたと解するならば,すでに元本までも完済された場合には, 右条項の適用はなく,民法本来の不当利得の法理に依拠することも肯定されてしかるべきように思われ る。しかしながら,学説のなかには,利息制限法一条二項,四条二項は,あくまでも任意支払った弁済 の返還を否定するものだとし,法定充当の適用は認めつつも,過払部分については返還を訴求すること のできない自然債務であるとする見解(我妻栄)もある。 いずれにしても,判例の立場に従う限り,甲は乙に一〇〇万円支払っているのであるから,差額の四 万八〇〇〇円は乙の不当利得として返還請求をすることができることになる。