司法試験の勉強会

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売買契約とは?例題を用いて解説

第一問 XとYは,XがYにビール一〇〇ケースを売り渡す旨合意した。Xは,ビール一〇〇ケー スを仕入れ,約定の履行期に,これをY方に持参し,Yに対してその受領を促したところ,Yは, 故なく受領を拒絶し,代金も支払わなかった。そこで,Xは,仕方なくこれを持ち帰り,自宅の 倉庫に保管しておいた。数日後,Xの隣家に火災が先生し,X方倉庫は,その中に保管していた ビールとともに延焼により焼失してしまった。
この場合におけるXY間の法律関係について説明せよ。

 


売買契約の多くは,約定に従って目的物が引き渡され,登記がなされ,代金がきちんと支払われている。しかし,目的物を引き渡せないなど,なんらかの異常事態が生じることもある。その場合,民法のいろいろな所の規定が適用される。本件でいえば,債権総論の四〇一条,四一三条,契約総論の五三四 条などの規定が同時に適用される。体系書では,通常,各規定の順序に従って解説されているので,民法の色々のところの規定が問題になる場合,これらの規定が具体的な事案に対してどのように組み合わ されて適用されるのか,わかりづらいと思われる方が多いであろう。本稿では,売買契約において異常事態が発生した場合,一般的にどのように考えてゆけばよいかに留意しながら,本問を解いていきたい。


民法は,ある要件のもとにある効果が発生する,という要件効果の体系である。たとえば,売買契約 のもっとも基本的な条文である民法五五五条を見てみよう。この条文は,ある人がある財産権を相手方 に移転することを約し,相手方がこれにその代金を支払うことを約する,という要件をみたせば,その 効力を生ず(効果)と定める。これは,売主は相手方に代金を請求する権利をもち,買主は物の引渡(ほか, 対抗要件の具備)を求める権利をもつ,ということである。ここで,権利をもつということは,履行され なければ訴えをおこして,代金を払え,あるいは目的物を引き渡せ,という判決をもらい,もし履行さ れなければ,これに基づき強制執行できるということである。これに対して,そのような権利を否定す る効果を定める条文もある。たとえば,民法九五条は,意思表示の要素に錯誤があるという要件をみた せば,原則として意思表示は無効となる,という効果を定める。もし売る,あるいは買うという意思表 示が無効となれば,売買契約自体も無効となり,代金を請求する権利も目的物の引渡などを請求する権 利もなくなってしまうのである。さきの例についていえば,訴えられた相手方は,このような条文の要 件にあたる事実があるといって,代金を払え,目的物を引き渡せという請求を退けてもらうことができ るのである。もちろん,民法が定める「効果」には,これ以外のパターンもあるけれども,ここで述べ たように,ある権利があるかどうか,訴訟で認容判決がもらえるかどうかというような,訴訟の帰すう をきめるものに最初に注意するとよい。


1さて,売買契約などの双務契約において異常事態が発生した場合,民法の規定は,次のような観点から整理できると思う。
(1) まず,債務の履行が不能の場合と債務の履行が可能な場合とに分けて考える。 (2) 次に,そのそれぞれについて, 1 正常な履行のされなかった債務はなくなるか。 2 これと対価的関係にある債務はなくなるか。 3 新しい権利(訴訟で請求できる。)は発生しないか。
を考える。いずれも,代金や目的物引渡,損害賠償などの請求ができるかどうかという,訴訟の結論を左右する 問題である。
2まず,債務の履行が可能だが,定められた時に引渡がないなどの異常事態が生じた場合を考えてみよ う。 1,2の点については,権利はそのまま存続する。但し,債務の履行をしなかった者責に帰すべき 事由がある場合には,一定の要件のもとに契約の解除ができ(五四〇条,五四一条),これにより各権利 は消滅する(五四五条一項本文)。たとえば,売主が代金請求をしている場合,その売主が目的物の引渡 債務の履行を遅滞したらば,買主は,解除により代金請求を退けることができる(2の問題。但し,目 的物の引渡も受けられなくなる,1の問題)。3については,債務の履行をしなかった者に責に帰すべき 事由がある場合には,損害賠償請求権が発生する(四一五条第一文)。債務不履行責任である。五四一条, 四一五条第一文の文理上は,責に帰すべき事由は不要のようだが,七〇九条(不法行為による損害賠債) で損害賠償義務者の過失を必要とすることとひょうそくをあわせ,一般には必要と解されている。 代金債務については,不能ということはなく,このタイプしかありえない。また,目的物の引渡義務についても,引渡の対象が特定の物でない場合(不特定物)には,やはり同種同等の物がある以上,不 能とはならないのが原則である。本件のビール一〇〇本というのも,ビールという種類と一〇〇本とい う数量とが定められたのみで(このように,種類と数量のみで債務の内容を定め,品質についての定めは ないものを,種類債務という。この場合,四〇〇条が適用される。),同種同等のものであればどれでも 良いから,あるビールがなくなっても他からもってこなければならない。
3次に,債務の履行が不能になった場合についてみてみよう。具体例としては,売買の目的物とされた 家屋(これは,特定物の売買である。)が焼失した場合があげられる。この例をひきながら説明しよう。
(1) この場合は,まず次のように二つに分かれる。すなわち,債権が成立する時以後に不能になった 場合(後発的不能)と,それ以前にそもそも不能の場合(原始的不能)とである。ここでは,後発的不能についてのみふれる。

(2) 後発的不能についても,場合を更に二つにわけて考える必要がある。その一つは,不能となった 債務者に責めに帰すべき事由がある場合であり,もう一つは,不能となった債務の債務者に責めに帰す べき事由がない場合である。
ア 前者についていうと,1不能となった債務(先の例でいえば,家屋の引渡の義務,所有権移転登記 に協力する義務)は消滅するが,それに代わる損害賠償請求権が発生する。2の点については,債務は残る。先の例でいえば,代金債務は残るのである。但し,解除が可能であり(五四三条,五四五条一項),こ れにより,12とも消滅する。3については,損害賠償請求権(1以外でも,損害が生じれば,請求可能) が発生する(四一五条第二文)。これも,債務不履行責任の一場合である。
イ 後者については,1の点は,不能となった債務は消滅する。これは,特に規定がないが,五三六 条などで当然の前提とされている。次に,これと対価的関係に立つ債務,売買契約でいえば代金債務がどうなるかについては,民法五三四条から五三六条に規定がある。これが,危険負担といわれるもので ある。3については,原則的には発生しない。
さて,五三四条を見ると,特定物に関する物件の設定移転を以て双務契約の目的とした場合に,目的 物の滅失又はき損は債権者の負担に帰する,とある。これは,五三六条の条文と対比すれば,債務者(不 能になった債務の債務者。売買契約でいえば売主である。危険負担の条文にいう債権者,債務者は,不能となった債務についてのそれをいうのである。このことは,この規定を理解するうえで絶対必要な基礎知識である。)は反対給付(売買契約でいうと代金)を受ける権利をもつ,ということである。 この規定は,売買契約における目的物の引渡と代金債務について,引渡義務がなくなっても当然に代金債権は残るということになり,買主に何の責もない場合に酷であるとの問題がある。そこで,五三四条は,買主が目的物についての支配を収めたと認められる時(例,引渡,登記又は代金の支払がなされた とき,当事者の定めた所有権移転時期など)に始めて適用され,それ以前には五三六条一項の債務者主義をとると解する説が有力である。 但し,この説にも少し問題がある。買主が,売主の義務について履行の提供(四九三条。簡単にいえば, 債務者としてするべきことをした,ということ。)を受けたのにもかかわらず受領をせず,その後売主の 債務が不能になった場合である。引渡が終わったわけではないから,買主が「目的物の支配」を得たと はいえないのであろう。そこで,売主(不能となった債務の債務者)は,するべきことを十分したのに,五三四条が適用されず債務者主義がとられ,代金はとれなくなるのではないか,という疑問が出てくるのである。 ここで,民法四一三条の「受領遅滞」の条文を見る必要がある。これは,弁済の提供があっても受領 が拒絶され,或は受領が不能であった場合に,債権者に受領「遅滞の責」が発生するというものである。 この「遅滞の責」の中には,債権者への危険の移転,すなわち債権者主義をとるということが含まれ ている。これには異論がない。さきにもふれたとおり,受領を拒絶された債務の債務者(本件では売主) は,するべきことをしたのだから代金がとれて当然,というわけである。 但し,要件について,条文にあるものはよいが,債権者の責に帰すべき事由の要否が争われている。 これは,受領遅滞における「遅滞の責」の法的性質論に関連する。受領遅滞を,債務不履行責任の一種 とみる見解(この見解のねらいは,受領義務を認め,これの不履行による損害賠償請求権や解除権を認め るところにある。)では,債務不履行による損害賠償などで一般に言われるように,受領しないことについて債権者の責に帰すべき事由を求める方向に傾く。これに対し,権利を行使しなかったからといって 当然に債務不履行になるというのはおかしいとして,受領遅滞による解除や損害賠償を認めない立場も ある。この見解は,受領遅滞は債務不履行責任とは異なる法定責任であると解し,責に帰すべき事由は 不要とする。条文にないものを,あえて付ける必要はないというわけである。 もっとも,(この段落は,わかりにくければ,とばしてよいが,)債務不履行責任だからといって,当然 に債務者の責に帰すべき事由が必要だとはいえない,との見解もある。債務不履行による損害賠償や解 除について,明文上責に帰すべき事由を求めているのは,履行不能の場合だけであるし,実務上重要な 金銭債務の不履行責任は,無過失責任だからである。そう考えて,受領遅滞の責任が債務不履行だとい いつつ,文理に従い,責に帰すべき事由を不要とする説もあろう。また,受領遅滞の効果毎に分けて, 責に帰すべき事由の要否を考えることもできる。要するに,受領遅滞の法的性質論は,責に帰すべき事 由の要否に関連はするが,それは決定的なものではない。むしろ,重要なのは,責に帰すべき事由なく 受領しなかった債権者と,するべきことをした債務者の,どちらをより保護するかの価値判断であろう。 ちなみに,実際には,危険負担において債権者主義をとるか債務者主義をとるかは,売買契約でいえ ば代金がとれるかとれないかという瀬戸際の重要な問題であるから,特約できちんと決められる事例が 多い。



本件では,いままで述べたうち,どの場合にあたるのであろうか。
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三 1(1)で述べたとおり,まず履行不能なのかどうかを考える必要がある。 さきに説明したとおり,本件では種類債務であるから,原則として不能ということはなく,XはYに 対し,代金と引き換えではあるが,ビールをまた調達して引き渡さなければならないかのようである。 しかし,Xは,一旦ビール一〇〇ケースを仕入れてYのところに持っていき,債務者としてするべき ことを全部したのである。本来なら,Yが受領して代金も支払われるべきところである。Xは,また人 に金を払ってビールを仕入れ,これをYに渡さなければ,代金を貰えないのであろうか。 そこで,民法四〇一条二項にいう「特定」が登場する。これは,事後その物をもって債権の目的物と するとの効果を生じ,そこからさまざまな効果を生じる。ここでもっとも重要なことは,その物が焼失 などしてその物を引き渡すことができなくなった場合には,履行不能と扱うことである(五三四条二項は, 特定(文理上は確定)すれば危険負担の規定が適用されるというが,これは,引渡債務が履行不能となる ことを前提としている。)。そうなれば,不能となった債務の債務者は,まずビールをほかから仕入れて 買い主に引き渡す義務を負わない。
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次に,特定の要件を考える前に,本件で特定がもし生じ,履行不能が認められるとすれば,そのさき どうなるかを見ておきたい。
(1) 三 2 でふれたとおり,不能の場合は,まず後発的不能か,原始的不能かを考える。本件は,明ら かに後発的不能である。

(2) 次に,これも三 2 でふれたとおり,不能となった債務の債務者に責に帰すべき事由がないかどう かを考える。債務不履行責任でいくか,危険負担の問題となるかの岐れ道である。本件では,倉庫が隣 家の火災で焼失したというのであり,Xのあずかりしらぬ原因によるものであるから,債務者(不能に なった債務についての債務者。本件でいえばX。)の責に帰すべき事由によらないで不能になったものと いえる。したがって,債務不履行責任の問題はなく,Xの債務の消滅を前提に,Yの債務(代金債務)の 存否について危険負担の規定が適用されることとなる。そして,さきに述べたように,五三四条を文理 どおり適用する見解によれば,当然に債権者主義がとられる結果,売主は反対給付(代金)を受けられる こととなるのである。また,五三四条の適用を制限する見解によっても,本件では,Yが受領を拒む理 由が明確でなく,引渡義務の債権者である買主に責に帰すべき事由があるというべきであるから,受領 遅滞による危険の移転が認められ,やはり債権者主義により代金債務が残るのである。
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最後になってしまったが,特定にそのような効果があるとすれば,その要件はどうなるであろうか。 特定の結果をみると,債権者は,あくまで目的物の引渡を求めるということができなくなり,債権者 にとっては不利である。まして危険負担の規定が適用されれば,目的物は入手できないのに代金だけは とられてしまう。したがって,債権者の利益に配慮する必要があろう。まず,当の債権者自身が,この 物を売買の目的物とすることに同意すれば,特定を認めてよい(四〇一条二項)。また,債務者がするべ きことを十分したなら,債務者の利益を優先してもよいであろう。そこで,現実の提供(四九三条本文。 内容は,まさにこの条文のとおりである。)をすれば,特定を認めてよく,四〇一条二項前段にいう「物 の給付をなすに必要な行為を完了」とは,現実の提供を意味すると解すべきである。本件のXは,ビー ルを約定の履行期にY方(民法四八四条)にもっていったのであり,現実の提供をしたといえるから,特 定は認められる。
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結局,五三四条について,その適用を制限する見解をとったとしても,本件では,債権者主義により, Xは再度ビールを提供せずに代金をとれることとなる。

この事例は,民法のいろいろなところの条文が適用されるうえに,ひとつの事実が各条文によってい ろいろな効果をひきおこすため,複雑でわかりにくいと思う。そこで,三項で述べたような点を念頭に 置いて,ひとつひとつの手順をふんで,条文に具体的な事例をあてはめて結論を導く必要がある。 また,常識的で妥当な事案の解決を導くことも重要である。