司法試験の勉強会

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併合罪とは?事例問題と共に解説

甲は,生活費に窮して金品を奪取しようと考え,A 宅に侵入して物色中,A に発見されて大 声を出されたため,所携のナイフで切りつけて傷害を与え,更にその際,傍らに寝ていた幼児(二 歳)の足を踏みつけて傷害を与えたが,近所の人達が駆けつけたため,そのまま逃走した。甲の刑 事責任(但し,特別法違反は除く)について論ぜよ。

 

 


まず,甲が A 宅に入ったのは,金品を奪取する目的であったというのであるから,甲は不法な意図の もとに A 宅に入ったものということができる,従って,甲が A 宅に入ったことについて,正当な事由が あるということはできず,甲は,故なく人の住居に侵入したわけであるから,甲には住居侵入罪が成立 する。
次に,甲は,A 宅において金品を物色している。つまり,甲は,この段階においては,A に対して, 暴行,脅迫を用いることによって金品を奪取しようとしていたわけではないのだから,窃盗罪の成否が 第一に問題となる。つまり,少なくとも,甲は金品の占有を取得し,これを領得してはいないのだから, 窃盗の既遂には達していないことが明らかであるところ,窃盗の実行に着手しているということができ るならば,A に発見された時点では,窃盗の犯行遂行過程にあったということができるからである。判 例(大判昭和9年1月 19 日)は,窃盗の着手時期を,物色行為に求めており,多くの学説もこれに異論を 示すことはない。もっとも,犯罪行為とそうでない行為とを識別する基準を構成要件該当性に求め,未 遂犯の可罰性の根拠を,構成要件を一部充足しているからだとする形式的客観説に従うならば,窃盗の 実行着手は,窃取行為そのものにとりかかった時点と解する余地も生まれてくる。しかしながら,未遂 犯の可罰性は,結果発生に向けられた行為の具体的危険性にも求められるのであり,その危険性の有無 を構成要件という定型的基準から判別すると考えるのが,一般的見解である。このような実質的客観説 は,未遂犯を形式的客観説のように構成要件の修正形式とみるとともに,具体的危険犯と把えるわけで ある。この立場に立てば,実行の着手は,構成要件に密接した行為とか,実質的に構成要件の一部と評 価できる行為ということができ,窃盗罪の着手についての右判例も容易に理解することができることに なる。また,立場を変えて,主観説に従ってみると,実行の着手時期は,犯罪を決意したときというこ とにもなりかねない。しかし,このように徹底した主観説を貫く見解はない。多くの主観説は,内心の 意思に可罰性の根拠を求めつつ,そこに行為の概念を持ち込んで,犯意が行為に確定的に現われた時点をもって,実行の着手と解している。そうとすると,客観説と主観説の差異は余りなくなってくるとい うこともできる。 以上のとおりで,甲が窃盗の実行に着手していることは疑いがない。ただ,学説のなかには,窃盗目 的の住居侵入がなされた時点で窃盗の実行が着手されたとする見解(牧野英一,小野清一郎)もあるが,住 居侵入をもって窃盗の構成要件の一部と実質的に評価しうる場合は余りない。倉庫や土蔵などに窃盗目 的で侵入したとき(名古屋高判昭和 25 年 11 月 14 日)などに限られるであろう。



ところで,甲は窃盗の実行行為の途中で,A にナイフで切りかかっている。甲が,A に発見されたた め,窃盗の犯意を拡張して,A の反抗を抑圧してでも金品を奪取しようと思い立ったのであれば,甲は 強盗に及んでいるということができる。つまり,甲は,A から予想される反抗を抑圧する目的で,A に 切りかかり,その反抗を抑圧してさらに金品を物色し,これを奪取するつもりであったというのである ならば,甲は A にナイフで切りつけることで,強盗に及んだということができ,それ以前の窃盗行為と 合わせて,全体として強盗と評価することができる。しかし,甲が A に発見されたことで,金品奪取の 目的を放棄し,他の何らかの目的で A に切りつけたとすれば,甲が A に対してしたナイフで切りつける という暴行は,金品の奪取のためになされたものとはいえないから,それだけで甲の行為を強盗とする ことはできない。ただし,甲が A に対してした右暴行が,財物の取還を拒ぎ,逮捕を免れ,罪跡を湮滅 するためになされたのであれば,ともかくも甲には事後強盗罪が成立する。この場合,刑法二三八条の 窃盗とは,窃盗犯人のことをいうが,すでに窃盗の実行に着手していれば足り,窃盗が既遂にまで至っ ていることは要しない。判例(大判昭和7年 12 月 12 日),学説ともにそう解している。甲は,すでに窃 盗に着手しているから問題はない。さらに,甲の暴行は,金品を奪取する目的でないというのならば, A に発見されて,大声を出されたためのものであることは,問題文から明らかなのであるから,甲は,A から逮捕され,あるいは A が出した声を聞きつけて,周囲の人達が駈けつけ,罪跡が発覚し,逮捕され ることを避けるため,先制的に甲に対して暴行を加えたものということができる。甲が金品奪取の目的 を抛棄していたとしても,甲は事後強盗をもって論じられることに疑いはない。 ただ,甲がナイフで A に切りつけた行為が,甲の反抗を抑圧するに足りるかどうかも一応議論の余地 があるかもしれないが,ナイフで切りつける行為自体からして,相手の反抗を抑圧するに十分なものと いえる。強盗罪における暴行,脅迫の程度は,判例(最判昭和 23 年 11 月 18 日),学説ともに,一般的に 相手の反抗を抑圧する程度のものであれば,現実に相手が反抗を抑圧されたかどうかに関係はないとし ている。 従って,甲には,強盗罪ないしは事後強盗罪が成立するところ,甲は,金品の占有を取得するまでに は至っていない。従って右各罪は,いずれにしても未遂にとどまる。学説のなかには,事後強盗に限っ て,暴行,脅迫がなされれば,窃盗が未遂に止まっていても,既遂になるとする見解(草野豹一郎)もあ るが,事後強盗罪についても,財物の奪取に主たる可罰性の根拠があるというべきであるし,窃盗が未 遂であっても事後強盗の主体とはなりうるのだから,右の見解においては,事後強盗の未遂は余り想定 することができなくなり,刑法二四三条の法意も根拠に乏しくなる。判例(最判昭和 24 年7月9日),通 説は,窃盗が未遂である場合に事後強盗も未遂になるとしている。



さて,甲は,A 及び幼児に傷害を負わせているのだから,甲について強盗致傷罪が成立するかを検討しなければならない。 まず,強盗致傷罪にいう傷害は,財物奪取の手段による暴行に限らず,広く強盗の機会になされたも のであればよいと解されている。判例(最判昭和 25 年 12 月 14 日),通説もこの考え方に従っている。し かし,一部の学説は,強盗の機会というのに,さらに限定を付し,被害者に向けられた強盗行為を密接 に関連した行為に基づく傷害についてのみ,強盗致傷罪が成立するとしている(牧野英一,中野次雄)。通 説は,傷害の生じた時期を判定することで,強盗致傷罪の成否を決しようとするのに対し,この見解は 行為そのものについても,制限を課そうとするもので,傾聴に値する。もっとも,事後強盗について, 逮捕を免れ,罪跡を湮滅し,財物の取還を防ぐための暴行によって生じた傷害については,強取行為そ のものに起因する傷害とはいえないにしても,強盗致傷罪が成立することは,右のいずれの見解からも 肯首されよう。事後強盗を強盗として処罰する以上,事後強盗が構成要件として定めている暴行は,強 取行為としての暴行と同等に考察されるべきものともいうことができる。このように,強盗致傷罪にい う傷害を,強取行為から生じたものに限定することなく,広く認めるのは,強盗に際して,しばしば残 虐な行為がなされるという実態に鑑みて,本罪が定められているからだといわれている。ともかくも, 以上の考察からするならば,A の傷害について,甲に強盗致傷罪が成立するのは明らかだということが できる。 問題は,幼児に対する傷害である。学説は,強盗致傷にいう傷害は,少なくとも,強盗犯人が暴行の 意図のもとになした行為から生じたものに限られると解している(団藤重光,大塚仁)。そう考えるのな ら,A は幼児の足を踏みつけるについて,暴行の故意を有していたとはいい難いから,幼児の傷害につ いては,強盗致傷罪が成立する余地はなくなる。しかし,学説のなかには,暴行の故意までも不要とす る立場もある(中野次雄,平野竜一)。この考え方は,強盗致傷罪が強盗に際して,残虐な行為が行なわ れることに対して定められたものであることを根拠とし,強盗行為に密接した行為による傷害について, 暴行の故意がなくとも,強盗致傷罪にいう傷害にあたると考えるのである。従って,傷害の原因となる 行為について,強盗の機会になされたのでは足りず,強盗行為と密接に関連するものに限ろうとする見 解と相通じるものがある。判例は,兇器で脅迫していた際,被害者がこの兇器を握ったため,傷害を負っ た事案について,強盗致傷罪の成立を認め,この見解に従う判断を示した(最判昭和 24 年3月 24 日)が, 後に同種の事案について,兇器を示すことを暴行と把えて,強盗致傷罪の成立を認めるようになった(最 判昭和 28 年2月 19 日)。もっとも,下級審判例のなかには,強盗致傷罪を強盗罪と故意又は過失による 傷害の罪との結合犯と解し,傷害について,故意を不要とする立場をとるもの(東京地判昭和 50 年6月 5日)が現われている。強盗致傷罪にいう傷害の結果は,判例,通説のいうとおり強盗の機会になされた ものであれば,十分その要件を満すと解せられるにしても,強盗の機会を強盗の現場と同視して,たま たま現場にいた第三者に対して,私怨をはらす目的で傷害を負わせたり,犯人相互が現場で喧嘩をし傷 害の結果が生じた場合にまで,強盗致傷罪にいう傷害と解するのは,強盗致傷罪が強盗に際して残虐な 行為が行われ易いことから定められたという立法目的から逸脱するものともいえ,財物の強取のためや 二三八条に定める事後強盗の要件としての目的に基づいて,被害者の反抗を抑圧するための行為及びこ れと密接に関連する行為が招来した結果である傷害に限定すべきように思う。そして,そう解したうえ で,右立法目的の趣旨に徴するならば,強盗に際して生じた傷害の結果を暴行の故意に基づくものと, そうでないものとに選別して,暴行の故意による傷害の結果のみを強盗致傷罪にいう傷害とするまでも ないのであって,暴行の故意は不要であると解してよいと思う。従って,本問においては,幼児の足を 踏みつけた行為は,A に対する反抗抑圧のための暴行と密接に関連するものということができるから, 幼児に対する関係でも強盗致傷罪が成立するということができる。

 


強盗致傷罪の既遂,未遂の判断基準は,判例(最判昭和 32 年8月1日),通説ともに傷害の結果が生じ たか否かにかからしめている。本罪の主要な保護法益が人の身体にあるからだと説かれている。従って, 本問において,甲は強盗の点は未遂にとどまっているが,A 及び幼児に傷害の結果を生じさせているこ とは明らかであるから,強盗致傷罪が既遂となることには疑いがない。また,本罪の保護法益が人の身 体にある以上,傷害を負った被害者が複数名いる場合には,被害者ごとに各別に強盗致傷罪が成立する というべきである。判例(最判昭和 26 年8月9日)もそう解している。そして,本問についていえば,幼 児の足を踏みつけた行為は,A に対する暴行のいわば余勢ともいうべきものである。従って A に対する 強盗致傷と幼児に対する強盗致傷が観念的競合となると考えられなくもない。しかし,このような場合 に,二つの傷害が一個の行為から生じたものと解することは,無理があると思われる。甲については, A に対する強盗致傷罪及び幼児に対する強盗致傷罪が成立し,両罪は併合罪の関係に立つというべきで あろう。