二重譲渡とは?事例問題を交えてわかりやすく解説2
問 Aは,自己所有の甲建物を時価相当の1000万円でBに売却し,その代金を受領したが, 甲建物売却を聞き付けたCから懇請され,甲建物をCに贈与し,Cに対する所有権移転登記手続 を了した。ところが,その後Aに恨みをもつDは,甲建物に放火し,甲建物を全焼させた。
B,C,D間の法律関係について説明せよ。
一 概説
本問は不動産の二重譲渡を主論点とする問題であり,本問での事実関係を前提とすれば,その妥当な落ち着き先を看破するのは決して困難なことではなかろう。しかし,背信的悪意者排除論に先立って, 理論的にそもそも二重譲渡が可能か否かについて,民法一七六条,一七七条の統一的解釈が要求されるなど,考えれば難しい問題がある。
二 BC間の法律関係について
1 そもそも二重譲渡は可能であるか
(一) 日本の民法においては,「当事者の意思表示のみ」によって物権変動が効力を生じるとしており,意思主義を採っていると解される(一七六条)。したがって,本来二重譲渡において,AがBに譲渡した以上,CはAが無権利者になってから後にAから譲り受けた者であるから,Cは物権を取得しえず,したがってCが登記をしてもそれは無効の登記であるはずである。しかし,他方民法は,登記がなければその物権変動を第三者に対抗できない(一七七条)としており,登記を備えることによってCが終局的に物権を取得するという結論に争いはない。そこで,先の結論を回避するための理論構成,換言するなら対抗力のない物権変動とはなにか,既に生じているはずの物権変動を第三者に対抗できないとはどういうことであるかの解明が必要となる。
(二) 対抗することを得ずの意義 この点については,以下の四説がある。
①債権的効果説 登記がなければ,当事者間にも物権変動の効力を生じないで,単に債権的効果を生ずるに過ぎないとする。この説に対しては,先に述べたように,物権変動について形式主義を採らず,意思表示のみで物権変動を生じるとした民法の根本趣旨に反するという批判がある。
②相対的無効説 登記がなくても,当事者間では完全に物権変動の効力を生じるけれども,第三者に対する関係では全く物権変動の効力を生じないものとする。 この説はさらに,(a)第三者に対する関係では,全然物権変動の効力を生じないから,第三者の側からもそれを主張することは許されないとするもの,(b)第三者に対する関係では物権変動の効力を生じないが,第三者の側からこれを主張することはできるとするもの,(c)第三者に対する関係では,第三者の利益と抵触する範囲内に限って当然物権変動の効力を生じないこととなるが,それは第三者の利益保護のためであるから,第三者の側から進んで効力を認めるのは差し支えないとするもの,(d)物権変動が当事者間では有効,第三者に対する関係で無効とすることにつき,「関係的所有権」の概念~譲渡人が,当事者たる譲受人に対する内部関係では無権利者,第三者に対する外部関係上はなお物権者であるとする~を使って説明するもの,の四説に分かれる。 これらの説と,次に述べる第三説(不完全物権変動説)との差異は,後者が,当事者間においても物権変動の効力は不完全だとするのに対し,この説では,当事者間では完全有効,第三者に対しては無効だとする点にある。 これらの説は,意思表示のみで完全な物権変動が生じるとする点で,①の債権的効果説のような批判は免れるが,無効なものが第三者の側からの主張によって有効となることの根拠が明確でないとか*1,第三者の主張がないかぎり,有効なものとして扱い,第三者の主張ないしは立証をまって物権変動の効力を取消ないし否認しうるとした方が妥当ではないか*2との批判がある。
③不完全物権変動説 登記がなくても,物権変動が,当事者間及び第三者に対する関係でその効力を生じることは認めるけれども,それが不完全だとする。すなわち,登記がないかぎり,第三者に対する関係のみならず当事者間でも排他性のある物権変動は生じず,したがって,譲渡人も完全な無権利者とならないから,譲渡人 がさらに第三者に二重譲渡するのも可能であると説く。 この説に対しては,「対抗できない」という言葉を排他性の欠缺という言葉に言い換えたに過ぎず,また第三者の側から登記の欠缺を主張せずに物権変動を認めた場合でも,譲渡人はやはり不完全な物権しか取得できないのではないか,等の批判がある。
④第三者主張説 登記がなくても,物権変動は当事者間及び第三者に対する関係で完全にその効力を生じ,ただ,第三者の側からの一定の主張があるときは,この第三者に対する関係ではその効力がなかったものとされると説く。 この説には,さらに,(a)否認権説~かような第三者の主張は,登記欠缺の積極的主張ないし否認権の行使によって行われるとするもの,(b)反対事実主張説~第三者の主張は,必ずしも登記欠缺の積極的な 主張なることを要せず,単に,当事者間の物権変動と反対ないし両立しない事実の主張,本件に即して言うなら,第三者CがAから本件建物を譲り受けたという事実の主張をもって足りるとするもの,がある。 この説に対しては,積極的に否認権を行使しない場合でも,第三者が自己に登記を備えさえすれば, 完全に物権を取得しうることを説明できないとか,第二譲受人が否認ないし反対事実を主張する前に, 本来無権利者となった譲渡人がさらに物権を譲渡しうる理由が説明されていない,などの批判がある。
(三) この点については,理論的に詰めると非常に難しいものがあるので,答案で触れるとしても通説・判例とされている不完全物権変動説で簡潔に書くのがよいだろう。
2 次に,本件は登記なくして対抗しえない物権変動と言えるか。 この点につき,全ての物権変動につき登記を要するとする見解(単純無制限説),意思表示による物権 変動についてだけ登記を要するとする見解,当事者間の権利関係に基因する変動についてだけ登記を要するとする見解その他がある。いずれにしろ,本件では売買と贈与なので,一七七条の適用ある物権変 動と言えよう。 この点は本件では問題にはならないが,例えば,詐欺取消しや解除,相続(遺産分割や相続放棄など) 等については判例・学説に争いがあることは周知のとおりである。
3 すると,本件では,Cが先に登記名義を備えているから,完全に物権を取得しうることとなる。本件の詳しい事実関係は必ずしも明らかでないが,場合によってはこの結果が正義に反することもあろう。 そこで,このような結論を回避することはできないか,登記なくして対抗しえない第三者とはいかなる者かが問題となる。 この点,法文上はこの「第三者」につき何ら制限を設けていないことから,不動産登記法四条及び五条に明記された「詐欺又ハ強迫ニ因リテ登記ノ申請ヲ妨ケタル第三者」及び「他人ノ為メ登記ヲ申請ス ル義務アル者」以外はこの一七七条の第三者に該当するとの説(無制限説)が初期の判例等に見られた。 しかし,民法一七七条の立法趣旨,すなわち不動産取引の安全を保護するため登記を公示方法とした こと,及び,例えば不動産を毀滅した不法行為者が登記未了の実質的真正権利者から損害賠償の請求を受けた場合に,登記欠缺を主張して請求を退けるような結果を避ける必要があること等からは,第三者の範囲を限定するのが妥当である。ところで,この第三者の判断基準については,右一七七条の立法趣旨を踏まえて,「登記欠缺を主張する正当な利益を有する者」(判例)とか,「当該不動産に関して有効な取引関係に立てる第三者」(我妻), 「物権変動を認めるとすれば内容がこれと両立せざるが為め論理上当然に否認されねばならぬ権利を有する者」,「物権支配を相争う相互関係に立ち,かつ登記を信頼して行動すべきものと認められる者」などが提示されている。
4 次に問題となるのは,第三者の確定基準として,その者の善意・悪意を問題とすべきかということで ある。 これについては,1善意・悪意不問説,2悪意者排除説,3背信的悪意者排除説,4悪意・有過失者 排除説(公信力説・なお,この説は二重譲渡は論理的に不可能とする)の四説がある。 思うに,公示方法たる登記制度は,これに対する第三者の信頼を保護し,もって取引の安全を図るためにある。したがって,現実に登記を信頼しない悪意の第三者は保護に値しないように思える。しかし 他方,自由競争の世の中に対処するためには,物権取得者は,直ちに登記をして自己の地位を確保すべ きであるのに,それを怠るのは手落ちと言うべきであり,また,一七七条も資本主義的自由競争原理の 下にある規定であるから,悪意者であっても,原権利者に対しいっそう有利な条件を提示してその他人と争うことは許されるとするのが妥当である。よって,社会生活上正当な自由競争の範囲内にあるならば,一七七条の第三者として保護されるべきである。 さりながら,かかる自由競争の範囲を逸脱し,譲渡人の登記欠缺を主張することが信義則に反するような場合にまで保護する必要はない。したがって,登記欠缺を主張するのが信義則に反すると認められるいわゆる背信的悪意者は,一七七条の第三者からは除外されると解する。 背信的悪意者の判定基準としては,大まかな基準を示すと,1第三者の側の行為の悪質性,2要保護性の強さ,となろう。本件での事実関係を前提と するなら,Cの行為の動機等は必ずしも明らかでないが,Aは,時価相当額で甲建物を買い受け,代金をすでに支払っているのに対し,Cは,甲建物がすでにAに売却されているのを知悉しつつ,その贈与を受けている。よって,さらに,その贈与が実質的にも無償であり,Cの動機がAに対するいやがらせである等の事情が認められれば,Cは背信的悪意者とされる可能性がある。
5 Cが背信的悪意者ということになれば,Bは登記なくして甲建物の所有権をCに対して主張しうる。
三 B及びCとDの法律関係について
1
B及びCは,Dに対し,甲建物の毀滅という所有権侵害を理由とした,不法行為に基づく損害賠償請求をするものと思われ,そのためには,甲建物の所有権を不法行為者Dに対して主張できる必要がある。 では,BはDに対して甲建物の所有権を主張できるか。この点,一七七条の「第三者」に該当しない者の具体例として,先の背信的悪意者のほかには,実質的無権利者及びその者からの譲受人・転得者, 不法行為者等があげられることは,判例・学説等を通して争いがない。本問では,Dがこの不法行為者に該当しよう。したがって,本問の場合,Bは甲建物の所有権をDに対して主張しうる。
2
では,Cはどうか。これは要するに,背信的悪意者が不法行為者に対して所有権を主張しうるか,という問題である。明確に論じた文献は見当たらなかったが,背信的悪意者と認められる場合でも,その背信的悪意者に対する譲渡が公序良俗違反(九〇条)として直ちに無効になるわけではないし,背信的悪意者は単なる悪意者以上に背信性の強いものであり,かつ背信性の有無が権利取得を争う相手方如何によって,相対的個別的に判断されるとするならば,CはDに対して所有権を主張しうることもありうる。 これに対して,背信的悪意者という概念が,一七七条の「第三者」として保護されるべき者の範囲を画するという機能を営むことを考えるならば,誰との関係で背信性があるかということもさることながら,その者自身にどれだけ保護に値する正当な利益があるのかを重視することも考えられる。この立場からは,CはDに対して所有権を主張できない場合もありうる。 問題はあるが,ここは深入りせず,CもDに対して甲建物の所有権を主張しうる,としてよいだろう。
3
すると,B及びCは,いずれもDに対して損害賠償請求をなしうることになるが,その場合,Dの二重払いの危険を回避する必要がある。この点,DがCに支払った場合には,債権の準占有者に対する弁済(四七八条)としてDを保護するとの理論構成がありうる。
四 まとめ
先に述べたように,本問は典型的な不動産の二重譲渡の問題であるが,いきなり背信的悪意者排除論 という論点にとびつくようなことはせず,やはり二重譲渡が可能か否かというところから,首尾一貫し て簡潔に述べた方がよいと思う。ただし,学説も錯綜としている部分であるから,深入りは禁物であり, 判例にしたがって述べればよいであろう。