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売買契約と錯誤とは?事例問題を交えてわかりやすく解説

 甲(満一八歳)は,法定代理人乙の同意を得ないまま,自己所有の A 土地を丙に売却するとともに丙への所有権移転登記をすませたが,後日そのことを知つた乙は,丙に対し,甲丙間の右売買契約を取り消す旨の意思表示をした。ところが,丙は,右取消の意思表示を受けた後,自己が A 土地の登記名義人であることを利用して A土地を丁に売り渡し,所有権移転登記もすませてしまった。丁が A 土地を買い受けたのは,実は A 土地の隣りにある B 土地を A 土地であると思い違いしたためであったが,丁としては A 土地を買つた以上それでよいと思ている。
右の場合において,甲は,丁に対し,自己が A 土地の所有権者であると主張することができるか。

 

 一 事案の分析

(1) 甲丙間の売買契約
甲丙間の売買契約の当時者である甲は,未成年者である(民法三条)。未成年者が,法定代理人の同意を得ずになした法律行為は,取消すことができる(四条)。乙は甲の法定代理人であるから,甲丙間の売買契約を取消すことができる(一二〇条)。乙が取消権を行使すると,甲丙間の売買契約は,初めから無効であったものとみなされる(一二一条本文)。しかし,取消前は有効であり,民法は物権の変動につい て意思主義を採用するから(一七六条),A 土地の所有権は,甲丙間の売買契約によって,一旦丙へ移転する。丙は,移転登記を経由することにより,対抗要件を取得する(一七七条)。

(2) 丙丁間の売買契約と丁の錯誤
丙が A 土地につき移転登記を経由した後,乙が甲丙間の売買契約を取消すと,A 土地の所有権は,直ちに甲へ復帰する(一二一条本文,一七六条)。この A 土地所有権の甲への復帰も,物権変動の一種と解されるから,登記を経由していない甲は,A 土地を買受けて所有権移転登記をすませた丁には対抗でき なくなる(一七七条)。 しかし,甲丁間に対抗問題が生じるとしても,甲にとって丁が一七七条の第三者にあたるか否かは, さらに検討を要する問題である。一七七条自体は,第三者について何らの制限も加えていないが,公示の原則は,排他性を有する物権に関する取引の安全を目的とするものであるから,登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しない者は,ここでいう第三者から除かれると解される。したがって,かりに, 丁が実質的には無権利者であるとすれば,丁は,一七七条の第三者にはあたらないことになる。 ところで,丁は,内心では A 土地ではなく B 土地を買い受けたものと思っていた。土地の売買において,当事者は,通常当該土地の個性に着目する。したがって,売買の目的物である土地の同一性につい て,内心の意思と,表示から推断される意思との間に,くいちがいがあれば,要素の錯誤となる。要素 に錯誤のある意思表示は無効である(九五条本文)。
このように考えると,丁の A 土地所有権取得行為は,丁の錯誤によって無効となり,甲は,登記なくして丁に対抗できるのではないかという疑問が生じてくる。

(3) 甲による丁の錯誤の主張
丁は,A 土地を買い受けるに際して,土地の隣りにある B 土地を A 土地であると思い違いをしたにもかかわらず,A 土地を買った以上それでいいと思っている。丁がそのように思った理由については,いろいろと考えられる。かりに,丁が A 土地の個性に着目していなかったためであるとすれば,もともと要素の錯誤とはならず,一七七条の第三者の制限の問題は生じない。これに反して,丁が A 土地の個性に着目して買い受けたとしても,丁としては,思い違いをしたことについて,重大な過失があるため, 錯誤無効の主張しないのかもしれないし(九五条但書),とにかく土地が手に入ったのだから,紛争を起したくないと思っているのかもしれない。そこで,意思表示の要素に錯誤があるにもかかわらず,表意者である丁が,意思表示の無効を主張しない場合に,第三者である甲が,丁の意思表示の無効を主張できるか否かが問題となる。


二 本問の結論


民法九五条本文は,錯誤によって意思表示をした者の保護を目的とする規定である。したがって,表意者よりも相手方の利益を保護すべき事情があるときは,表意者は無効を主張できなくなる(同条但書)。 九五条の無効の趣旨をこのように考えると,法律行為の当事者でもない第三者が,たまたま当事者に錯誤があったことをとらえ,表意者自身は錯誤を主張せず,あるいは主張できないのにもかかわらず,その無効を主張して自己の利益を図ることを認める理由はない(最判昭四〇・九・一〇民集一九・六・一五 一二)。
したがって,甲にとって丁は一七七条の第三者となり,甲は,丁に対し,自己が A 土地の所有権者であると主張することはできない。

 

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