司法試験の勉強会

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動産の即時取得(善意取得)とは?わかりやすく解説

一 概説

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動産の即時取得(民法一九二条)は,所有権のない者からでも所有権などを取得することを可能にする制度であり,取引の安全を確保する役割をもつ。 まず,所有権の取得を例にとって,この制度の意味を述べよう。 所有権を取得するには,大雑把にいって二種類の方法がある。第一は承継取得であり,他の人の所有権を,売買や相続などの原因により移転してもらうということである。逆にいうと,売買などでは,売 主に所有権がないと,買主は所有権を取得できない。 ところで,具体的な取引にあたっては,ある人が目的物の所有権をもつかどうか,よく分からないこともある。動産は,不動産と違って,極めて種類が多いから,そのすべてについて登記や登録を行い, 所有権の所在を示すということもできない。したがって,売買についていうと,不幸にも売主が所有権をもっていなければ,買主は代金を支払っても所有権を取得できないこととなる。しかし,それでは, 取引の安全を害する。よく調べればよいではないかという人もあろうが,実際の取引では,そうのんびりと所有権の調査をする暇がない場合も多かろう。そこで民法は,ある人(甲としよう)が目的物を占有 しているときには,その目的物の所有権である可能性がかなり高いであろうから,別な人(乙) が甲を所有権者と信じて目的物を譲り受けたような場合には,乙の信頼を保護して,甲の所有権の立証なしに所有権の取得を認めることとしたのである。これが即時取得である。 このように,所有権の取得には,それまでだれが所有権をもつかにかかわりなく,ある事実があれば 自分が所有権を取得する,という場合もある。先に,所有権を取得する方法には二種類あり,第一は承 継取得だと述べたが,もう一つの種類はこのパターンであり,これを原始取得という。民法の定める原 始取得のうち,即時取得のほかに重要なのは,取得時効である。 なお,同様のことは,質権などの制限物件の設定や移転についてもいえる。質権の設定を例にとろう。 やはり,所有権をもつ人と質権設定契約を締結する方法と,所有権をだれがもつかにかかわりなく一定 の事実があれば質権を取得するという場合とがある。即時取得は,後者の部類に属する。
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即時取得については,もう一つ重大な点がある。それは,二項で詳しく述べるが,ある人が所有権を 原始取得すれば,物権の排他性により,従前の所有者の所有権は消滅するということである。これは, 従前の所有者にとっては重大な不利益である。このことは,原始取得の要件を検討するにあたって,常 に考慮すべきことである。したがって,原始取得一般にいえる問題であるが,従前の所有者の所有権を 奪うにたりる理由が必要であろう。また,制度の解釈運用についても,取得者の利益だけでなく,従前 の所有者の利益にも配慮する必要がある。取得時効については,まさに従前の所有者をなぜ犠牲にして よいのかが,時効制度の存在理由として,重要な論点となっている。即時取得については,従前の所有 者が他人を信用して物を預け,他人に所有権があるかのような外観を作ったことに落ち度があるから, 致し方ない,ということがあげられる。しかし従前の所有者が目的物を盗まれたりした場合には,その ような落ち度があるといえるか疑問がある。そこで,そのような場合に,即時取得を制限する規定もあ る。これについてものちにふれる。 以上,基礎的な点にもふれながら,やや長く述べた。要旨を繰り返すと,売買などで所有権などを取 得する場合は,前主に所有権がなければ買主なども所有権などを取得できないのが原則である。しかし, 民法は,取引安全のため,目的物の占有者を所有権者と信じた者を保護し,占有者に所有権がなくても,所有権や質権などの取得を可能とした。他方これは,従前の所有者の所有権を奪う効果ももつが,従前 の所有者にもある程度の落ち度がある場合が多いからやむをえない。しかし,取引の安全と従前の所有 者の保護の両方に配慮した解釈が必要である。答案の上では,この程度に簡潔にふれればよいであろう。 制度趣旨には争いがないからである。しかし,以上の点を十分理解して解釈論を展開することが,本問 においては最重要である。
以下に,即時取得の効果と要件をみていこう。
二 効果
即時取得の効果は,前項に述べたとおり,所有権や質権などの原始取得である。 ところで,本題からははずれるかもしれないが,所有権を取得するとはどういうことなのか,訴訟と の関係にふれながら,少し述べたい。この点は,理論的にも実務的にも必須の知識であるが,争いのな いことなので,答案にはふれなくてよい。
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一般に,所有権があるということは,目的物を自由に使用収益できるということである(民法二〇六 条)。訴訟では,次のような役割を果たす。もしその目的物を他の人が占有していた場合には,所有権者 は,目的物を自由に使用収益することができなくなっているから,使用収益できる状態にもどすことが できる。具体的には,その人に対して,目的物を返せという訴えをおこし,勝訴判決を得て,それでも 返さなければ,民事執行手続に従って強制的に目的物を取り返せる(物権的請求権)。
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また,前項で少しふれたとおり,所有権を原始取得すれば,それまでその目的物を所有していた者の 所有権は,消滅する。これは,物件の排他性による。 排他性とは,一つの物に対して同時に二人が所有権(あるいは同一内容の制限物件)をもつことができ ないことをいう。もし排他性を否定すると,一つの物について二人の人がそれぞれ自由に使用収益でき ることとなり,それぞれが返還請求権を行使できるから,非常に混乱する。もちろん,たとえば被用者 に働いてもらう権利(雇用契約により発生する。)のように,履行不能として損害賠償請求権に変え,金銭 で解決する道を用意すれば,同じような内容の債権が競合してもよい(たとえば,甲が,乙のもとで働く との雇用契約をし,また別人丙と雇用契約をする場合)。しかし,物権的請求権では,あくまで現物を取 り戻して使用収益することを認め,物の利用を保障するのである。この排他性が,物権と債権を区別す る最大のポイントといってよい。 訴訟においては,次のような効果がある。たとえば,甲が乙に対し,乙が甲の物を占有しているから 返せとの訴えを起こしたとしよう。乙は,甲以外の(乙でなくてもよい)だれかがその物の所有権を原始 取得したことを立証すれば,甲の所有権はなくなるから,甲の請求には理由がないこととなり,請求棄 却判決を得ることができるのである。
三 要件について述べよう。

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目的物は動産である。条文上は,それ以上の限定はない。しかし,自動車など一部の動産では,登記 制度又は登録制度をとる。この場合,登録名義を見れば,所有者を推察できる。そこで,即時取得の制 度によって真の所有者の所有権を否定する危険をおかしてまで取引の安全をはかることは,行き過ぎで あると考えられる。また,同じように登記制度をとる不動産では,即時取得のようなものを認めた条文 はないし,このような重大なことを条文の根拠なしに認めることはできないから,即時取得は否定され ている。これとのバランスを考える必要もある。そのようなわけで,登録済みの動産については,即時 取得の適用はないと解されている。但し,反対説も有力になってきた。 もっとも,登録制度のある動産でも,未登録であれば,即時取得の適用がある。登記名義をみて所有 者を推察することはできず,結局は占有から所有権を推察することが多いからである。 なお,貨幣については,所持すれば即座にその者の所有となり,即時取得制度の対象とはならない。 貨幣自体には個性がなく,どの貨幣でも同じように価値をもつからで,たとえばもし他人の貨幣を盗ん だのであれば,盗んだ現物はその者の所有として,他の貨幣で返してもかまわない。但し,封筒に封を して入れた貨幣など,その個性を問題とせざるをえない場合には,一般の動産と同じに扱う。
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さきにふれたとおり,この規定相手方の占有を信じたものを保護する規定であり,相手方が目的物 を占有することが必要である。自分自身で所持しても,占有代理人(受寄者など。民法一八一条。)に所持 させていてもよい。
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条文にはないが,取引行為が必要とされている。売買,贈与などである。判例上,強制競売でもよい とされている。もしこの要件がなければ,誤って人の物を占有すればそれだけで即時取得が成立し,も との所有者の所有権を消滅させることとなり,それが不当であることは明白である。この規定が,取引 安全をはかる趣旨だと解されるのは,この点からもわかるであろう。 なお,この取引行為は,有効で,かつ,代理によるものであれば代理権が存在するなど本人に効果が 帰属するものであることが必要である。即時取得で救済できるのは,相手方の所有権などを立証できな かった場合のみであり,仮に売買契約などが錯誤などで無効であれば,即時取得は成立しない。 これは,相手方に占有があっても,相手方の意思表示に錯誤などがあることは多く,相手方の占有を 信じたからといって,無効の契約を有効にするなどの保護を与えることはできないからである。もし即 時取得を成立させれば,意思表示の瑕疵や無権代理の規定はかなりの部分において意味を失ってしまう であろう。 但し,無効の売買契約などによって占有を開始した場合,一六二条二項又は一項により時効取得する ことは可能である。
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占有の取得。条文にある。占有一般の定義は,民法一八〇条にある。 民法によると,占有の取得(移転)には四種類ある。このうち,現実の引渡(一八二条一項)及び簡易の引 渡(一八二条二項)があれば,即時取得は成立しうる。 指図による占有移転(一八四条)では,肯定する説が多いが,場合により否定するという説もあり,判 例も無条件に即時取得を認めているわけではない。

もっとも争われたのは,占有改定である。一八三条には,代理人が自己の占有物を爾後本人のために 占有すべき意思表示を表示したるときは,本人はこれにより占有権を取得すとある。ここでの代理人は, 占有改定後の代理人という趣旨である。売買契約を例にとれば,売主が目的物を所持していて買主に 売った場合に,買主に物そのものは移転させず,売主が買主のために預かっておくような場合である。 売主が占有代理人となり,買主は,代理人により占有を取得するのである(一八一条)。 文理解釈,取引の安全を考え,この場合でも即時取得を肯定する説もある。しかし,この場合には, 目的物は外形的には動かないから,真の所有者は簡単に目的物を取り返すことができるはずであり,こ のような場合まで即時取得を肯定するのはおかしいとして否定する説もある。判例はこれである。但し, 後に目的物の占有が現に移転し,そのときにも即時取得者が善意無過失であれば,即時取得を肯定する。 折衷説として,目的物の所持が現に取得者に移転した場合には,即時取得を肯定するという説もある。 この説は,現実の占有移転時ではなく,取引行為をした時に善意無過失であればよく,現実の引渡の時 点で買主などが真相を知ったとしても,即時取得は否定されない。
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占有が平穏,公然,善意,無過失のものであること 平穏とは,強奪などによるのでないことであり,公然とは,密かに盗み取るようなものではないこと である。いずれも民法一八六条一項で,推定される。 民法上善意とは,日常用語とは離れるが,あることを知らないことである。但し,即時取得において は,他人の所有権を否定して原始取得を認めるという重大な効果を発生させるのであるから,単に相手 方が無権利であることを知らなかったというにとどまらず,相手方が権利者であると信じたことをいう と解されている。参考までにふれると,取得時効(一六二条二項)の善意など,他に占有に関して善意が 問題となる場合も同じと解されている。これも一八六条一項で推定される。 かつ,善意であることすなわち相手方が権利者であると信じたことについて,過失がないことも必要 である。判例上,過失の立証責任は,即時取得を主張する側にはないとされた。一六二条二項では取得 する側が立証責任を負うとされ,これとは反対である。

従前の所有者の保護のため,即時取得が制限される場合がある。一九三条がそれである。詐欺,横領 による場合など,従前の所有者の意思が若干でも関与する場合は,従前の所有者は保護されない。また, 一九四条で,売主を疑うのが難しい場合には,一九三条の適用が制限されている。即時取得の規定は, やや従前の所有者に酷なところがあり,即時取得の要件の解釈を通じて従前の所有者の利益を守る必要 が強いであろう。

 

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