一
合意管轄とは当事者間の合意によって生ずる法定管轄とは異なった管轄のことである。法定管轄は専 属管轄を除くと当事者間の公平,便宜を考慮して定められている。そうすると,当事者双方がこれと異 なる管轄を望むのであればこれを許して差し支えないし,そのことによって裁判所間の負担の均衡がと くに害されるとも考えられない。これが合意管轄を認める根拠になっている。
二
管轄の合意の内容は,一定の法律関係に基づく訴えについて(従って将来生ずべき一切の紛争について, というような定めは許されない),第一審裁判所の管轄を定めるものでなければならない(民訴法二五条 二項,一項)。又,法定管轄と異なる定めをするものであり,合意の趣旨から管轄裁判所を特定できるこ とを要する。 ところで,管轄の合意の中には,法定管轄のほかに管轄裁判所を付加する付加的合意と,特定の管轄 裁判所の管轄だけを認める専属的合意がある。このいずれであるかが明確でない場合は当事者の意思解 釈によるほかないが,通説は法定管轄のうちの一部を特定した場合には専属的合意が,その他の場合に は付加的合意がなされたものと解している。しかし,当事者が特定の裁判所を管轄裁判所として合意し ている以上,原則として専属的合意の趣旨と解すべきであるとする反対説や,右の反対説に基本的には 同調しつつ,付合契約の一部として合意がなされている場合には,当事者の一方的便宜から形成的に合 意される場合が多いから通説に依るべしとする説もある。
三
合意は書面でしなければならない(民訴法二五条二項)。これは手続の明確化の要請に由来するもので あるから,合意の成立と内容が書面で明らかにされることを要し,かつこれで足りる。一方,合意の時 期については特別の制限はないが,既に法定管轄のある裁判所に訴えが提起された後は合意によって管 轄権を奪うことはできない(民訴法二九条)から,管轄の合意はできず,合意をしても移送申立の前提と しての意味を有するにすぎない。
四
合意管轄を定めると,その内容どおり管轄の変更が生じる。しかし,法律上専属管轄が生ずるわけで はないから,応訴管轄を否定することはできない。 又,当事者間の合意によって第三者を拘束することはできないから,合意の効力は原則として第三者 には及ばない。もっとも,当事者の一般承継人や,当事者の権利を行使するにすぎない者(破産管財人, 代位債権者等)は合意の効力を受ける。問題は訴訟物たる権利関係の特定承継人であるが,これにつき通 説はその権利関係の実体法上の性質により区別すべきだとしている。すなわち,管轄の合意は実体法上 の権利関係に付着する権利行使の条件を変更するものといえるから,記名債権のように当事者が当該権 利関係の内容を自由に定め得る場合には,管轄の合意もその内容変更の一つとして特定承継人に効力が 及ぶが,物権など権利関係の内容が法律上定型化され,当事者が自由にこれを変更できない場合にはそ の効力が及ばないこととなる。
五
最後に管轄の合意の性質であるが,これは管轄という訴訟法上の効果発生を目的とする訴訟契約であ ると解されている。従って,私法上の契約と同時に合意が行なわれた場合でも,私法上の契約の効力に よって右の合意の効力が左右されるわけではない。又,合意をするためには訴訟能力が必要だとするの が通説である。もっとも,右の合意は裁判所とは無関係に当事者間で行なわれるものであり,私法上の 合意と共通する面があることは否定することができないから,意思表示の瑕疵などの点は民法の規定を 類推してよいと解されている。