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貸金返還請求権について解説

AがBに対し売買代金債権を有するとして,Bに代位してBの債務者Cに対し貸金返還請求 訴訟を提起したところ,右貸金債権は B の C に対する債務免除により消滅したとの理由で請求棄 却の判決を受けた。
この判決確定後,B は,右売買代金債権は A の訴訟提起時既に弁済により消滅しており,かつ, 右債務免除の意思表示はその要素に錯誤があり無効であると主張して,C に対し右と同一の貸金 返還請求訴訟を提起した。
この訴訟において,B の弁済による債権消滅,錯誤による無効の各主張が認められる場合,裁判 所は如何なる判決をすべきか。

 


A が C に対して提起した訴訟は,民法四二三条に基づくものであり,同条の文言からも明らかなよう に,A は B が C に対して有する貸金返還請求権を代位行使しているわけであるから,訴訟物はとりもな おさず右貸金返還請求権ということになる。このように,訴訟物にかかわる権利義務の主体に代わり, あるいはその主体と並んで第三者に,訴訟物についての訴訟を追行する権能が認められる場合がある。 これを訴訟担当という。そして,債権者代位権に基づく代位訴訟のように,法律の規定から訴訟担当が 認められる場合を法定訴訟担当という。 民事訴訟法二〇一条二項は,訴訟担当の場合における既判力の主観的範囲を拡張しているといわれて いる。すなわち,民事訴訟は当事者間の紛争を解決するための制度であるから,判決は対立当事者を拘 束すれば足り,既判力は訴訟の当事者にのみ及ぶことを原則とするのであるが,訴訟物である権利関係 について利害を有する第三者に対しても判決の効力を及ぼさなければ,当事者の求めた紛争解決の実効 性が担保しえないことが想定される場合には,既判力をこのような第三者にも拡張する必要が生じ,法 は,その一つとして訴訟担当の場合を定めているのである。そして同条によるならば,訴訟担当におけ る判決の既判力は,訴訟担当者と相手方との間のみならず,訴訟物たる権利関係の帰属主体である第三 者,本問においては B にも及ぶことになる。従って,その結果,B に対しても既判力が作用することか ら,B は,AC 間でなされた訴訟について,既判力の生じた判断に反する主張は許されないことになる し,B の訴えを受けた裁判所も前訴の既判力の生じた判断に拘束され,それに反する判断をすることは できなくなる。



このように,訴訟担当の場合に判決の既判力が訴訟物としての権利関係の帰属主体である第三者に及 ぶことは,判例(大判昭和 15 年3月 15 日)及び学説の承認するところであるが,学説のなかには,訴訟 担当の全ての場合について二〇一条二項を適用することに疑問を呈し,訴訟担当のうちの,訴訟物に関 する権利関係の帰属主体である第三者の意思に由来する任意的訴訟担当や,法定訴訟担当のうちでも, 権利関係の帰属主体の権利行便の権限が訴訟担当者に吸収されてしまうような形態の場合には,二〇一 条二項による既判力の主観的範囲の拡張は認められてしかるべきであるが,法定訴訟担当でも,債権者 代位権による代位訴訟の場合のように,権利関係の帰属主体である第三者に固有の権利行使の権限が残存し,訴訟担当者は,むしろ自己の利益のために,第三者の権利行使の権限を剥奪し,第三者に代わっ てこれを行使するような,訴訟担当者と第三者が対立,拮抗する形態の場合には,訴訟担当者が敗訴し たときの判決の効力まで,第三者に及ぼすというのでは,第三者は,いわば利害の対立する訴訟担当者 の追行した訴訟の不利な結果まで甘受しなければならなくなって不都合であるとして,その場合には, 訴訟担当者が勝訴したときのみ判決の効力が第三者に及び,敗訴した場合には,二〇一条二項にいう, 他人の為に原告になったものとはいえないとして,既判力は拡張されないとする立場(三ケ月章)がある。 しかしながら,この見解に対しては,法定訴訟担当を,一義的に,吸収型と対立,拮抗型に類型化する ことは,吸収型訴訟担当とされる場合には,潜在的にしろ訴訟担当者と第三者との間に対立,拮抗関係 がある場合や,訴訟担当者が相手方の利益を吸収するというべき場も考えられるのだから,疑問がある うえ,相手方は,不利な場合にのみ判決の効力を受けることになるのに対し,第三者は有利な場合にの み判決の効力を主張し,不利な場合は,同一の訴訟物について二度の訴えが許されることになり,公平 の理念や訴訟経済に反するという批判(新堂幸司)がなされている。問題は,権利関係の帰属主体である 第三者が,自ら訴訟を追行する利益をどのような形で保護するかというところにある。しかし,このよ うな第三者については,敗訴判決の場合には既判力が及ぼされないという形で,その訴訟追行の利益を 保護するまでもなく,非訟事件手続法第七六条一項によって,代位訴訟が提起されていることの告知を 受けているのであるから,自らの訴訟追行の利益を保護する必要がある場合には,訴訟担当者と相手方 との訴訟に,共同訴訟的補助参加か独立当事者参加をすればよいわけであって,そのような訴訟参加の 機会が与えられている以上,第三者の訴訟追行の利益は保護されている(新堂幸司)と考えることもでき る。第三者が,独立当事者参加をする場合には,訴訟担当者に対しては,その代位権を争い,相手方に 対しては代位訴訟と同一の訴訟物について争うことになろうが,判例(最判昭和 48 年4月 24 日)は,相 手方に対する関係でも二重起訴にならないとして,独立当事者参加を認めている。また,共同訴訟的補 助参加については,民事訴訟法七五条に定める共同訴訟参加から類推して,判例(大判昭和 13 年 12 月 28 日,最判昭和 40 年6月 24 日),通説ともにこれを認めており,この形態を認める実益は,訴訟物につい て訴訟追行をする権能を有しない第三者に,判決の効力が及ぼされる場合に,その不都合を除去するた めにあるとされている。



このような考察に立つ限り,B は AC 間の訴訟についてなされた判決が,すでに確定して既判力を生 じている以上,訴訟物そのものについては争うことができなくなる。B は,新たに要素の錯誤を主張し てはいるが,既判力は口頭弁論終結時における権利関係を確定するものであることからすれば,無効主 張の原因となる事由である要素の錯誤が,口頭弁論終結時以前に生じていることが明らかなのであるか ら,既判力の遮断効によって,B のこのような主張は許されないといわなければならない。また,裁判 所は,既判力によって,前訴における訴訟物の判断と抵触する判断をすることができなくなるのである から,AC 間の訴訟において,B の C に対する貸金返還請求権に基づく請求が否定された以上,その判 断に拘束されることになる。 しかしながら,既判力の客観的範囲は,民事訴訟法一九九条一項にいう主文に包含するものに限られ る。民事判決は,当事者が裁判を求めた紛争の対象である審判の対象に対してなされるのであるから, 主文に包含するものとは,審判の対象,つまり訴訟物を指すということになる。従って,既判力の客観 的範囲は訴訟物に限定されることになる。ところで,AC 間の訴訟における訴訟物は,B が C に対して 有するとされた貸金返還請求権である。A が B に対して有するとされた売買代金債権は,訴訟物ではなく,A が B の右貸金返還請求権を代位行使して訴訟追行する権能を基礎付けるものにすぎない。従って, 右売買代金債権が存在しなければ,そもそもAは貸金返還請求権をもって訴訟追行をすることができな くなるわけであるから,売買代金債権の存否は,A の当事者適格の問題であるということができ,この 点の AC 間の訴訟における判断については,既判力は生じないことになる。 一般に,当事者適格がないのに,これがあるとしてなされた本案判決については,当事者は上訴で争 うことはできても,再審は認められないと説かれている。しかし,このことは当該訴訟における当事者 が,確定判決について不服を申立てる手段のないことを示したにすぎないのであって,既判力から生じ る効果ではない。訴訟担当の場合には,訴訟担当者の当事者適格の有無について,既判力が生じること はないのだから,訴訟物である権利関係の帰属主体としての第三者は,前訴において当事者適格がある として訴訟が追行されても,これに拘束されることはなく,後訴で訴訟担当者に当事者適格がなかった ことを主張することができることになる。もとより,後訴の裁判所は,前訴においてなされた当事者適 格の判断に拘束されることもない。その結果,訴訟担当者に当事者適格がなかったと判断された場合に は,前訴における訴訟物についての判断の効力も,第三者に及ばないことになる。民事訴訟法二〇一条 二項は,訴訟担当者に当事者適格があることを前提とした規定であるということができる。つまり,訴 訟担当者に当事者適格がなかった場合には,第三者は前訴の既判力の主観的拡張を受けなくなるのであ る。従って,第三者は,前訴における訴訟物そのものも争うことができることになる。訴訟担当者に当 事者適格がない場合にまで既判力を拡張することは,第三者に,訴訟物に関する訴訟を追行する機会を 保障するだけでは補えない,裁判を受ける権利を奪うという不利益を強いることになるからである。そ こで,本問においては,B は A の売買代金債権が,A の訴訟提起時には,すでに弁済により消滅してい たと主張して,A の当事者適格を争ったところ,右弁済の事実が認められたわけであるから,AC 間の 訴訟についての既判力を受けない地位を取得し,C に対する貸金返還請求権について新たな主張をする ことができることになったわけである。そして,B は,C に対する債務免除の意思表示が要素の錯誤に よって無効であると主張し,これが認められたのであるから,B は勝訴することになる。