(一) 公訴の有効要件を訴訟条件という。訴訟条件を欠いていた場合,実体裁判をすることができず,形式 裁判で訴訟を終結させなければなくなる。
さらに,訴訟条件を欠いていた場合には,実体審理も進める ことができなくなる。この意味で,訴訟条件は,実体審理の要件であるともいうことができる。
しかし, 法は,訴訟条件を実体審理に入る前に調査すべく義務付けていないので,実体審理の途中でこれを欠い ていることが判明すれば,そこで訴訟を打ち切ればよいわけである。
そして,訴訟条件は実体審理の要 件であるから,訴訟の全過程において存在しなくてはならない。公訴提起の時に存在するのみで,その 後必要とされない訴訟条件もあるが,むしろこれは例外というべきである。
もっとも,訴訟条件は,捜査から刑の執行に至るまでの全刑事手続において観念されるべきであると いう議論(青柳文雄)がある。
しかし,刑の執行については裁判所の実体審理とは無縁のものであり,訴 訟条件を実体審理の要件と考えたことと矛盾するし,捜査段階においては,訴訟条件を欠いているから といって,あながち捜査の遂行が禁止されるものともいえないのであり,この考え方にはにわかに賛成 することはできない。
訴訟条件が公訴提起時に存しなかった場合でもこれに追完をすることが許されるか,ということにつ いて多くの学説は否定する。
しかし平野教援は
(1)訴訟条件は実体審理の要件であるから,冒頭手続以後 の証拠調に入るまで,つまり冒頭手続までなら追完を許す。
(2)訴訟条件を欠くと形式裁判で訴訟が打ち 切られ,被告人は再訴の危険にさらされるので,被告人が同意する場合は追完を許す。(免訴判決で打ち 切られる場合は,およそ追完を考える余地がない。)
(3)事実の変化によって,訴訟条件が必要となった場 合には追完を許す。
―と説いている。
(二) 訴訟条件は,一般的訴訟条件と手続的訴訟条件(一定の罪についてのみ要求されるもの),絶対的訴訟 条件と相対的訴訟案件(被告人の申立を待って必要とされるもの)などに分類される。
そして,訴訟要件を欠くときは,形式裁判で訴訟が終了するのであるから,訴訟条件については,刑事訴訟法三二九条(管 轄違の判決の場合),三三七条(免訴の判決の場合),三三八条(公訴棄却の判決の場合),三三九条(公訴棄 却の決定の場合)に掲げられた訴訟条件に即して考えるのが有意義である。
そして,公訴棄却,及び管轄 違の場合には,被告人に対する再訴が許される点で,免許についてと異なる。
ここに,両者の訴訟条件 を区別する実益が存する。学説もこの両者を区別をし,種々の議論をしている。
まず団藤博士は,再訴を許さない訴訟条件を実体的訴訟条件とし,事件の実体に立ち入り,実体その ものに関係させて判断されるべきものであるとし,再訴を許す訴訟条件を形式的訴訟条件として,実体 面に立入ることなく形式的事項のみで判断すべきものとする。
高田教授は,訴訟条件を考える以前に,公訴権の成立するための条件として,手続的条件と追行的条 件という概念を定立し,手続的条件は純手続的事由にもとづく条件とし,追行的条件は実体的な理由に もとづく条件であるとしたうえで,公訴権が手続的条件から成立しない場合のことが前記形式的訴訟条 件であり,公訴権が追行的条件のために成立しない場合のことが前記実体的訴訟条件であると説く。
そ して,実体的訴訟条件は,実体との関係で判断されるところに特性があるのではなく,むしろ実体的判 断とする利益と関係のあるところに意義があるというのである。
平野教授は,再訴を許す場合を,手続条件とし,それが欠けたままの状態では訴訟追行を許さないも ので,それが後に追完されたり,条件が満されれば再び訴訟追行が可能となり,再訴が許されることに なるもので,再訴が許されない場合を訴訟追行条件とし,それがかけた場合には,およそ訴訟追行を許 さないものであると説いている。
この問題は免訴判決の性質と関連する論議というべきである。
(三) 免訴判決がなされた場合,再び被告人を訴追することができなくなる。このことを判決の既判力との 関係で,どのように説明するかが問題となる。
旧通説は,実体裁判説といわれ,実体審理をした後に,犯罪事実を認定し刑罰権が消滅したことを理 由に免訴とすると説いた。しかし,この説では,犯罪を認定しえない場合には,無罪判決をすることに なるが,法は無罪の確定判決を経た後も免訴となる旨定めていることと矛盾する。現在賛成する者は見 あたらない。
また,免訴判決を,形式裁判と実体裁判の両方の場合があると説く見解(宮本英脩)もあるが,法が免 訴を統一的に定めていることと相反するというべきである。 現在の通説は,免訴判決を形式裁判と考えている。
そして,団藤博士は,これを実体関係的形式裁判 と説き,実体面に関する実体的訴訟案件が問題となり,実体そのものに関係させて判断されるべきであ るからというのである。
しかし,免訴が実体との関係のうえで判断されるのであれば,実体裁判説に対 する批判があてはまるうえ,訴訟条件を実体審理の要件とした意味がなくなるのである。
むしろ,平野 教授の説くように,犯罪事実の存否と無関係に,刑を科することが無意味となったため,犯罪事実の認 定をすることが無益となったことにより免訴判決がなされるものというべきである。
その意味から,免 訴判決が形式裁判であり,訴訟条件の欠缺の結果なされるものであることが理由付けられるのである。 としてこの立論は,前述の高田教授の説くところと極めて近似したものというべきである。
さらに,平野教授は,右の免訴判決についての結論をふまえて,訴訟追行条件は特定の訴因に内在す るものである点で,手続条件と異なると説いている。つまり,訴訟追行条件はある訴因についての訴訟 追行の可能性,利益の問題で,手続条件はおよそ訴訟追行をするについての一定の条件の存否の問題で あるというのである。