司法試験の勉強会

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不作為犯とは?事例問題を使って解説

甲は,五歳の息子乙と小川に釣りに来ていたが,乙は遊んでいるうちに誤って川に転落した。これを見た甲は,乙に多額の保険を掛けており,付近には誰もいなかったので,そのまま放置したのではおぼれて死ぬかもしれないが,それでも構わないと思って救助せず,同人はおぼれて死亡した。
甲の罪責について論ぜよ。

 

本問は,講学上,不作為犯について論じられるときに設例として取り上げられることの多い典型的事例の一つといえよう。従って,解答にあたっては,事例の分析はもとより,不作為犯一般について論じることが重要であると思われる。

 

一 不作為犯とは何か

(1)
犯罪とは,まずなによりも行為でなければならない。行為でないもの(例えば,思想や人格)は犯罪として処罰されない。
では,行為とは何か。
これについてはいろいろ議論があるが,いずれにせよ,身体の動静,すなわち,動と静を合わせて行為ということについてはあまり争いがない。このうち,静による犯罪を不作為犯という
もう少しわかりやすく説明すると,犯罪というものは,殺人を例にとると, 首を絞めるとか,包丁で刺すとかのように身体を動かすこと(動=作為)によって犯されるのが通常である。しかし,親が幼児に食べ物を与えないなどのように身体を動かさないこと(静=不作為)で殺人を犯すこともまた可能なのである。
刑罰法規の条文を見ると,その多くは,作為によって犯罪が犯されることを予定しているようにみえるが,これを不作為によって犯した場合を不真正不作為犯と呼び,他方, 最初から不作為によって犯罪が犯されることを明文で規定しているような場合(刑法一〇七条,一三〇条 後段,二一八条等)を真正不作為犯と呼んでいる。
(2)
不作為犯(とりわけ不真正不作為犯)については,その成立の範囲ないし限界が主に問題とされている。
例えば,本問の設例を例にとると「( 付近には誰もいなかった」という設定を変えて),乙が川に転落した時,近くで A,B,C が釣りをしていて,更には,D がたまたまそばを通りかかったとする。そして,A,B,C,D の全員が,乙の転落を目撃し,このまま放っておけば乙は溺死するかもしれないが他人の事だからかまわないと思って助けなかったとする。
このような場合,問題とされている甲が後述するとおり不作為による殺人の責を負うのはいいとして,甲と同様に乙を救助しなかった A,B,C,D もまた不作為による殺人罪となるのだろうか。
なるという見解もなくはないだろうが,A,B,C,D は何の責も負わないと解するのが一般であろう(道徳的に非難されるのは格別)。
では,何故,甲は処罰されて A,B,C,D は処罰されないのか。甲と A,B,C,D とを区別する基準は一体何なのか。
すなわち,不作為犯の成立は何によって限定されるのか。これが不作為犯論のテーマである。
まず,因果関係という要件によって不作為犯の成立範囲を限定することはできるだろうか。
不作為犯における因果関係とは,作為(救助)をしていたならば,その結果(乙の死)は発生しなかったであろうという関係がある場合に認められるとされている。
そうすると,別に甲でなくとも A,B,C,D の誰か一人が救助していれば乙は死なずにすんだわけであるから,甲はもちろん A,B,C,D いずれの不作為(行為)も結果との間に因果関係があることになる。
結局,因果関係という要件によっては不作為犯の成立範囲は限定できないのである。
そうすると,甲だけが処罰される実質的な根拠は他に求めなければならない。それが,以下に説明する作為義務(及び作為可能性)である。
(3)
では,作為義務とは何か。作為義務とは,まず,法律上の義務であって倫理的な義務ではない(倫理的には,A,B,C,D も乙を助けるべきだったのかもしれない)。
では,どういう場合に法律上の義務があるのか。法律上の作為義務を発生させる根拠としてこれまでに言われてきたものとしては,法令,契 約・事務管理,条理・慣習(先行行為,管理者・監護者・売り主等の地位)等がある。
法令に基づくものとしては,例えば親権者の子に対する監護義務(民法八二〇条),夫婦間の扶助義務(民法七五二条)等がある。
契約や事務管理に基づくものとしては,例えば病院の看護婦の入院患者に対する看護義務とか,委託によらず病人の看護を始めた者が,事務管理によってその看護を継続する義務が生じる場合等が挙げられる。
先行行為とは,先程の例で言えば,Aが誤って乙とぶつかって乙を川の中に転落させてしまったのだとしたら,そのような場合,Aは乙を救助する義務があるのではないかということである。
もっとも,法令,契約,先行行為などがあれば直ちに不作為犯が成立するというわけではない。
結局,不作為による結果の発生が作為による結果の発生と同視しうるとき,あるいは同価値であるときに不作為犯を成立させるような作為義務違反があるというほかないのではないかと言われている。
社会生活において,一定の状況の下では,法益の保護を,ある特定の個人に委ねるほかなく,にもかかわらず,その者 が法益を保護しなかったときは,自ら侵害したのと同じだと評価される場合があり,このように,社会生活上,その人が当然にその法益の保護にあたらなければならないときに,そのような地位のことを保証(障)者的地位といい,このような地位があるときに作為義務があるのだと説明する学説(保証人説)が近時有力である。
先程の例に戻ると,結局,A,B,C,D は,甲と違って右のような作為(救助)義務がないと考えられるから処罰されないのである。
次に,作為義務があっても作為の可能性がなければ不作為犯は成立しない(もっとも,作為可能性がなければ作為義務もないともいえる)。
すなわち,作為によって結果発生を防止する事実的な可能性が必要である。後述するように,甲が泳ぐことができず事実上乙を救助できなかったときは,不作為犯は成立しないということである。

二 設問の検討

(1) 作為義務
乙は五歳の子供であり,甲はその父親である。甲は乙に対して,法律上保養養育義務がある(民法八二〇条)。
しかも,甲は,乙を連れて川へ釣りをしに来ていたというのであるから,乙は,甲の直接的な管理(監護)の下にあったといえるだろう。
したがって,乙が誤って川に転落したのなら,甲がこれを救助する法律上の作為義務があったことは明らかである。
また,甲が乙を救助しないのは,甲が乙を積極的に川に突き落として溺死させたのと同視しうるともいいうるだろう。
甲は当然に乙の保護にあたるべき保証者的地位にあったのである。
(2) 作為可能性
しかしながら,もしも,甲が泳ぐことができず,事実上乙を救助することが不可能であったならば, 不作為犯は成立しない。
また,川に飛び込んで助けることができる可能性もあるが,同時に自分も溺れる可能性もあるような場合,異論もあろうが,やはり不作為犯は成立しないと解される。
(3) 主観的要件
設問によれば,甲は,乙が「おぼれて死ぬかもしれないが,それでも構わないと思った」とある。
もしも,甲が,乙が死ぬことは確実だと思ったのなら確定的殺意があることになるが,そこまではいかない本問のような場合,すなわち,死の結果が発生することがありうると思い,これを認容したような場合は,未必的な殺意が認められることになる。
次に,設例では,甲が乙を救助しなかった動機として,乙に多額の保険を掛けていたことが挙げられている。
このように乙がたまたま川に転落したことを保険金を詐取するために利用する意思のようなものがあったことが,不作為犯が成立するための要件の一つとして必要だろうか。
不作為による放火を認めた有名な判決の中には,このまま家が燃えてしまえば,先に自分が犯した犯跡をくらませるだろうと思ったとか,保険金がとれると思ったなどという「既発の火力を利用する意思」を強調するものがあり, このような意思が不作為犯成立の要件だとする説もある。
しかし,故意以外にこのような悪しき動機を犯罪成立の要件として考慮すべきではあるまい。
(4) 保護責任者遺棄致死罪との関係
なお,本問では保護責任者遺棄致死罪(刑法二一九条)との関係も若干問題となりうるので付言しておく。 甲は保護責任者遺棄致死罪にいう「保護責任者」に当たり,乙は同罪にいう「幼者」に当たる。
また, 同罪の行為としては,客体を他の場所に移す作為的な遺棄(移棄)の他,自分が他の場所に移る不作為的な遺棄(置去り)も含むと解されており,更に場所的な移動を生じない「生存に必要な保護をしない」ことも規定されているところ,本問のような目の前で溺れている子供を助けないという行為も同罪の行為に当たると解してよいだろう。
ところで,不作為による保護責任者遺棄致死と不作為の殺人の違いは, 死の結果を予見していたか否かによるとの立場に立てば,当然,甲は保護責任者遺棄致死ではなく殺人の責を負うという結論になるが,死の結果を予見していても,作為義務の程度が軽ければ殺人ではなく保護責任者遺棄致死にとどまるとの説によれば,甲が保護責任者遺棄致死罪になる余地が出てくる。
しかし,既に述べた甲の作為義務の内容・程度に照らせば,そのような説によってもやはり甲は殺人の責を負うというべきであろう。
(5) 結語
以上から明らかなように,甲が泳げない等事実上乙を救助できなかったような場合を除き,甲は乙に 対する不作為の殺人罪の責を負うことになる。