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売買契約の解除について解説

甲と乙は,平成4年3月1日,甲が乙に甲所有の絵画「白山」を,代金一〇〇万円,同年 4月1日に乙方で代金と引換えに引き渡すとの約定で売る旨の合意をした。次の各場合において, 甲がこの売買契約を解除するにはどのようにしたらよいか。
(1) 同年4月1日,甲が乙方に絵画「白山」を持参して履行の提供をしたが,乙が受領を拒絶した場合
(2) 甲,乙ともに何もしないまま,同年4月1日が経過した場合

設問で甲・乙が締結した売買契約により,売主甲は,その所有の絵画「白山」を平成4年4月1日に乙方に持参して引き渡す債務を,買主乙は,同日甲に代金一〇〇万円を支払う債務をそれぞれ負担することになった。
設問はこのような法律関係の下で,小問(1)(2)の各場合に売主甲からこの売買契約を解除する方法を聞いている。
当然,特段の約定によらず甲から一方的に解除する場合,すなわち形成権としての法定解除権を発生させる要件を充足させる方法を検討すべきことになる。

二 小問(1) について

(1) 受領遅滞による契約解除の可否この場合,まず,乙が甲の提供した絵画引渡しの履行を受領することを拒絶したことから,乙はその時点から受領遅滞(四一三条)に陥っている。
そこで,そのことを理由に解除することができるかが問題となる。
受領遅滞は,債務の履行につき受領その他債権者の協力を必要とする場合において,債務者が債務の本旨に従った履行の提供をしたにもかかわらず,債権者が協力をしないために履行を完了しえない状態をいう。
この場合,民法四一三条は「債権者ハ......遅滞ノ責ニ任ズ」と規定するだけで,その具体的効 果を明らかにしていないところ,受領遅滞責任の法的性質をめぐって争いがある。
1 法定責任説 権利者は権利を有するだけで義務を負うべき理由はないから,受領しなくとも義務違反(債務不履行) の責任は負わない。
受領遅滞の本質は,債務者を不履行責任から免責するとともに,公平の観点から, 履行の遅延に伴い生ずる債務者の不利益(目的物の保管義務の存続,保管費用の増大等)を債務者に負わせることなく,債権者に負わせることを法が認めたにすぎないと理解する。

その結果,弁済提供の効果(四九二条,四九四条)のほか,双務契約における危険負担の移転,注意義務の軽減の効果が生じるにとどまり,その要件として債権者の不受領について帰責性は要求しない。 判例は一般的にはこの見解に立っていると理解される。

2 債務不履行 受領義務を一般的に認め,受碩遅滞をこの義務違反による債務不履行責任であるとする。
この見解は, 信義則上,債権者に受領義務を認めるべきであり,四一三条の規定の位置及び法定責任説では履行の提供の効果と受領遅滞の効果が大差なく,四一三条の意味がなくなること等を根拠とする。
この見解では,法定責任説が肯定する効果の他に,債権者の不受領について債権者の帰責性を要求するが,債務不履行と同様に損害賠償請求権(四一五条,四一六条),契約解除権(五四一条,五四三条) を肯定する。
3 そこで,法定責任説からは,乙の受領拒絶を理由に解除する余地はない。 他方,債務不履行説からは,解除の余地が生まれることになる。
一般に絵画の引渡しについて,乙に受領しえない正当な理由は想定しがたいから,乙には受領拒絶について帰責性が認められる。
したがって,甲は,本件契約を解除するためには,五四一条に従って相当な期間を定めて受領するように催告した上,その催告期間内に乙が受領しない場合に,乙に対して解除の意思表示をすればよい。
(2) 乙の代金支払い債務の履行遅滞による解除次に,乙の代金支払い債務について履行遅滞に陥れて解除することが考えられる(設問では,乙が代金を支払わなかったことについては明示されていないが, 売買目的物の受領を拒みながら,代金を支払うということは容易に想定できないから,代金は支払っていないものと考えられる。仮に代金を支払っているならば,甲は,解除などしないで目的物を供託すればよい。)。
履行遅滞による解除権の発生要件は,(1)履行遅滞があること(2)相当の期間を定めて履行を催告すること(3)その相当の期間ないに履行がないこと三つである。
このうち,(1)の履行遅滞の要件は,要するに四一五条の履行遅滞の要件である(a)履行が可能であるのに,(b)債務者が履行期を徒過し,(c)それが債務者の責めに帰すべき事由によるものであり,(d)履行しないことを正当化する理由がないことの四点にほかならない。
売買契約は,双務契約であるから,同時履行の抗弁権(五三三条)が付着するので,乙が履行期に履行しなくともそれだけでは履行遅滞にならない(四一二条一項の例外。(b)(d))。
そこで,解除をしようとするためには,相手方の同時履行の抗弁権を失わせる必要がある。 本問では,甲は,履行期に債務の本旨に従った履行の提供をしている。
そして,解除に関する限りは,この時の提供により(提供を継続していなくとも)乙は同時履行の抗弁権を失って,履行遅滞に陥ることになる。
よって,改めて履行の提供をしなくとも,乙に相当な期間を定めて代金の支払を催告の上,乙が代金を支払わないときは,本件契約を解除することができる。
要するに,甲は,乙に対し相当な期間を定めて履行を催告した上,その催告期間内に乙の履行がない場合において,乙に対して解除に意思表示をすればよいことになる。

三 小問(2) について

(1) 甲・乙とも何もしないまま約定の履行期を過ぎた場合には,以後各債務は履行期の定めのない債務(四一二条三項)となる。そこで,甲が本件契約を解除すべく,乙を履行遅滞に陥れるためには,四 一二条三項によれば,履行の請求=催告をすることが必要である。
さらに,前記二(2)のように,乙の同時履行の抗弁権を消滅させなければならないから,同時に履行の提供(乙方に絵画を持参して受領を促す)をする必要がある。
これにより,乙は代金支払い債務について履行遅滞に陥ることになる。
(2) ところで,解除権発生のためには,相当の期間を定めて催告する必要があるが,この催告と前記 (1)の催告との関係が問題となる。
すなわち,解除のための催告は,付遅滞のための催告と別にされなければならないかという問題である。 遅滞に陥っていることが,解除のための催告の要件であり,この催告が解除の要件であるとするならば,付遅滞のための催告と解除のための催告は別個に考えなければならないことになる。
しかし,通説・判例は,二度の催告は必要ではなく,債権者が一度相当の期間を定めて履行を催告し,相手方を遅滞に陥れれば,重ねて催告する必要はなく,相手方が催告期間内に履行しなければ,解除権が発生するとしている。相当の期間を定めて行う必要があるか否かの点を除いて,両者の催告に別段の違いはなく,あえて二度させる必要性はないからである。
そこで翻って,相手が遅滞に陥っていることは,解除のための催告の要件ではなく,解除権発生の一要件であるから,解除する側からの履行の提供は,催告と同時にしてもよいし(この場合は催告時に付遅滞),催告で一定の日時を履行期とした場合には,その期日に提供してもよい(その日に履行がないことにより付遅滞即解除権が発生)ことになる。
(3) よって,甲は,乙方に絵画を持参して,代金支払と引換えに受領すべきことを促すとともに,相当の期間を定めて代金を支払うように催告し,あるいは,相当の期間経過後の一定日時を履行期として, その日に代金を支払うことを催告し,同日に絵画の引渡しの履行を提供するなどした上で,乙の代金支払がない場合には,解除の意思表示をすればよい。

なお,相当期間を定めてした催告において,右期間内に履行がないときは,解除されたものとする旨の停止条件付解除の意思表示をすることも可能である。
本来,形成権である解除権の行使に条件を付することは,相手方の地位を不安定にするから許されないのであるが,この場合には,相手方の行為が条件となるものであって,相手方を特に不安定な立場におくとは言えないからである。
よって,甲は,以上の各場合における催告において,かかる停止条件付の解除の意思表示を予めしておくこともできる。