司法試験の勉強会

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釈明権についてわかりやすく解説

一 釈明権の意義


 釈明権とは,訴訟関係を明瞭にするため,事実上及び法律上の事項に関し,当事者に問いを発し,ま たは立証を促す裁判所の権能である(一二七条一項)。  なお,釈明とは当事者がなすものであって,裁判所がするのは釈明を求めること(求釈明)であるので, 用語に注意すべきである。  民事訴訟においては,弁論主義が採用されており,申立,主張,立証全てを通じて当事者が裁判に必 要な資料を提出することになっている。ところで,当事者の申立,主張が曖昧で意味が不明であったり 矛盾していたりする場合や,当事者と裁判所の法律上の意見が食い違うなどの理由で裁判所からすれば 当事者の主張,立証が不十分な場合などが存するが,このような場合に,これも当事者の責任であると してそのまま判決をし,本来勝訴すべき当事者を敗訴させるようなことがあれば,国民には裁判所がい かにも不親切に見え不信感も生じかねない。そこで,このような場合,裁判所が後見的に当事者の申立, 主張,立証の不十分さを補うものとして認められてきたのが釈明権である。


二 釈明権の行使

 釈明権は合議体で裁判をしている場合には,裁判長が代表して行使し(一二七条一項),陪席裁判官は 必要があれば裁判長に告げたうえで行使できる(一二七条二項)。また,裁判長は釈明権を実効あらしむ るため準備命令を発することができる(一二八条)。当事者は,直接相手方当事者に釈明を求めることは できないが,裁判長に相手方当事者に対して必要な発問をするよう求めることができる(求問権,一二七 条三項)。  なお,当事者は求釈明に応じる義務はないが,主張責任,証明責任をそのまま適用された判決等の不 利益を受けることになる(攻撃防禦方法につき一三九条二項)。

三 釈明権の限度

 釈明権は,先にみたように,裁判所が後見的に弁論主義を補完するものであるが,逆にその行使が行 き過ぎると求釈明を受けた当事者の相手方当事者からは一方当事者に偏った不公平な裁判所であると思 われその信頼を失うことにもなる。  そこで,釈明権の限度が問題になるのである。
これは,弁論主義の下で裁判所がどこまでその後見的 役割を果たすべきかという非常に難しい問題であり,各人の民事訴訟観によって大きく影響されるとこ ろがあるうえ,当事者の力量(代理人を付けた訴訟か,本人訴訟か),事件の種類,訴訟のどの段階か,求 釈明事項が当該訴訟において占める重要性等様々なファクターによっても左右されるので,釈明権の限 度については明確な基準を立てるのは困難である。  
いわゆる消極的釈明(当事者の申立,主張に不明瞭な点や前後で矛盾する点が存する場合にこれを問い正す釈明)が許され,むしろこれが要請されることが多い(釈明義務については後述)ことには特に問題が ない。
問題になるのはいわゆる積極的釈明(当事者が,事案に適した申立,主張,立証をしていない場合 にこれを促す釈明)である。結局,その限度は前記のファクターを総合考慮して決するほかないが,一つ の例として,判例(最判昭四五・六・一一民集二四・六・五一六)を引用しておく。  「釈明の制度は,弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し,訴訟関係を明らかにし,できるだ け事案の真相をきわめることによって,当事者間の紛争の真の解決をはかることを目的として設けられ たものであるから,原告の申立に対応する請求原因として主張された事実関係とこれに基づく法律構成 が,それ自体正当ではあるが,証拠資料によって認定される事実関係との間に喰い違いがあって,その 請求を認容することができないと判断される場合においても,その訴訟の経過やすでに明らかになった 訴訟資料,証拠資料からみて,別個の法律構成に基づく事実関係が主張されるならば,原告の請求を認 容することができ,当事者間における紛争の根本的な解決が期待できるにかかわらず,原告においてそ のような主張をせず,かつ,そのような主張をしないことが明らかに原告の誤解または不注意と認めら れるようなときは,その釈明の内容が別個の請求原因にわたる結果となる場合でも,事実審裁判所とし ては,その権能として,原告に対しその主張の趣旨とするところを釈明することが許されるものと解す べきであり,場合によっては,発問の形式によって具体的な法律構成を示唆してその真意を確かめるこ とが適当である場合も存するのである。」

四 釈明義務

 釈明権を単に裁判所の権能とみるにとどまらず,義務となる場合が存するとすれば,この釈明義務違 反(釈明権の不行使)は判決の違法性をもたらし上訴(特に上告)の理由となる。  
判例は,戦前の大審院は釈明義務を広く認めその違反による破棄も多かったが,戦後になると最高裁 は釈明義務違反を認めることがほとんどなくなった(最判昭二七・一一・二七民集六・一〇・一〇六二)。 ところが,昭和 40 年ころから再び釈明義務違反を認め破棄することが増加している(最判昭三九・六・ 二六民集一八・五・九五四)。  
釈明義務の範囲をどこまで認めるかは,釈明権の限度と同様,各人の民事訴訟観によるところが大き い。一般的にいえば,消極的釈明権不行使の場合は,比較的,義務違反を認めやすいが,積極的釈明権 の不行使の場合は,現に顕出されている全ての資料からみて原判決の判断が事案の真相に合致せず釈明 権を行使していれば判決主文に重大な相違が存したであろうときにのみ,釈明義務違反が認められ,そ の他のときには釈明権不行使の当不当の問題にとどまるというべきである。