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事実上の推定とは?わかりやすく解説【民訴法】


推定とは,認定できるある事実から,別の他の事実を推認することである。すでに説いたように,間 接事実から主要事実を推認することが,しばしば行われるところである。推定には二つのものがある。 一定の事実から他の事実を推認することが事実上行われる事実上の推定と,その推認の過程が法規化さ れた法律上の推定である。従って,事実上の推定は自由心証の範囲内にある問題であるが,法律上の推 定においては,主要事実を立証する代わりに,法規上主要事実を推定するとされる間接事実を立証すれ ば,推定規定を通して,主要事実が立証されたことになる。この意味から,法律上の推定は,主要事実 を証明する責任を緩和したものだということができる。
ところで,立証の程度については,本証と反証という概念が立てられている。一般に,本証は,証明 責任を負う側の当事者が立証しなければならない証明の程度で,裁判所に確信を抱かせる程度に立証を しなければならないとされるのに対し,反証は,主張された事実を争う側がする証明の程度で,裁判所 にその事実の存在を疑わせる程度に立証し,本証の成功を妨げれば足りると解されている。 そこで,これを法律上の推定にあてはめてみるならば,一方当事者が主張した主要事実を立証するた めに,推定規定を用いて,主要事実を推定する間接事実を立証すればよい場合に,この間接事実についての立証は本証であるというべきである。
もとより,主要事実に対して本証の責任を負担するわけであ るから,それを推定する間接事実の立証も本証と解さなければならない。反対当事者は,推定の前提と なる間接事実を争うこともできるが,この立証は,間接事実の存否を疑わしめるに足りる程度でよいわ けであって,反証である。
さらに,反対当事者は,間接事実の本証が成功したとしても,その間接事実 から推定される主要事実を争うことができる。この場合には,反対当事者は,推定の過程を覆す立証を するわけであるが,間接事実の立証により主要事実が推定されているため,存在するとされた間接事実 とは別の事情を立証して推定を争うのだから,別の事情は積極的に確信を抱かせる程度に立証しなけれ ばならず,これは本証というべきである。従って,法律上の推定の場合には,主要事実を主張する側に あるはずの証明責任が,ときとして反対当事者に移ることがある。このことを,証明責任の転換といっ ている。



このように,法律上の推定は,法規に基づいて推定がなされるため,推定を争うことは本証となるが, 事実上の推定は,自由心証主義の範囲内の問題であるから,証明責任が転換されることはないというべ きである。従って,事実上の推定というのでは,誤解を招きやすいことから,一応の推定とか表見証明 とかいう立場もある。
つまり,ある間接事実から,主要事実が推定される場合に,反対当事者が間接事 実の存在そのものを争うときには,法律上の推定と並列的に解せられるのであるが,間接事実から主要 事実への推認の過程を争うときは,その推認は法規にまで高められているわけではなく,自由心証から 派生する経験則によるにすぎないのであるから,推認の過程を疑わしめるに足りる別の事情を立証すれ ば足りることになり,これは反証というべきだからである。
この反証を間接反証という。
換言すれば, 間接反証は,推定の前提となる間接事実と,両立しうる他の間接事実を立証することで,推定に疑いを 抱かせることであるということになる。 そこで,このような間接反証の概念については,疑問を呈する見解(新堂幸司)がある。
この立場は,過 失とか正当事由とかいった抽象的な法律要件が定められている場合に,主要事実を決する基準から問題 を解き起こし,間接反証は,推定を疑わしめる立証でよいとして反証としながらも,推定の前提となる 間接事実と両立する他の間接事実を反対当事者が積極的に立証しなければならないことから,反対当事 者に証明責任を認めることになるのであるし,抽象的法律要件の場合には,間接事実とされる具体的事 実が争点となるのであるから,このような間接事実については,主要事実にまで高め,対立当事者に証 明責任を分配するのが正当であるというのである。
従って,この立場は,証明責任についての法律要件 分類説を修正する考え方につながるものである。つまり,過失とか正当事由といった法律要件は,法律 要件分類説からは一律に一方当事者の証明責任とされるのであるが,抽象的法律要件の内容となる具体 的事実については,間接反証の考え方からして,一方当事者が抽象的法律要件を事実上推認させる具体 的事実の立証に成功したとき,反対当事者が,推認を覆す他の具体的事実を立証したとすると,この立 証は,それぞれの具体的事実について本証と考えられるところ,この具体的事実を主要事実と考えるな らば,証明責任が分配された結果になり,法律要件分類説は修正されるというのである。確かに正当な 指摘であるといわなければならない。
しかしながら,抽象的法律要件を定めている場合には,その法律 要件に基づいて法律効果を主張する側が,法律要件を基礎づける具体的事実について主張し,立証する 責任があるとすれば,法律要件分類説からも問題はないのであるし,抽象的法律要件を基礎づける具体 的事実を主要事実と解すれば,間接反証の考え方を採っても疑問はないと考えられる。
学説のなかには, 間接反証に対するこのような批判を意識してか,間接反証が立証を試みる間接事実への証明責任を認めるものであるとしたうえ,法律要件分類説を維持して,間接反証の考え方の結果,間接事実についての 証明責任が分配され,正義,公平の理念が実現されるとする立場もある。