司法試験の勉強会

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被害者の承諾とは?わかりやすく解説

①ローマ法は,同意が存するのであれば不法行為の成立を阻却すると定めていた。この原則は,ローマ刑法が公法として性格を帯有していなかったことから,現行刑法に妥当する考え方ではない。
すなわち, 刑法の関心は個人的法益の保護と共に,社会的公共的法益の保護にもあるわけだから,被害者に同意があるからといって,社会的国家的見地からの可罰性を根拠付けられている犯罪について違法性が喪失することはないからである。しかしながら,刑法は自己に対する法益の侵害を原則として犯罪と構成していないのであるから,享受する法益の処分を認めていると考えられる。そこで,保護される法益が抛棄されるのであれば,構成要件に該当する行為であっても違法性の実質である法益侵害性がないのだから,結局違法性が阻却され不可罰となるともいうことができる。
このような考え方は,利益不存在の原則といわれるドイツの学説に依拠するもので,違法性の本質を専ら法益侵害すなわち結果無価値に求めるものであった。だが,違法性は,結果無価値と行為無価値との両面から構成されるのであるから,法益の抛棄という結果無価値の面からのみ違法性が阻却される理由を説明することはできないといわなければならない。
従って,被害者の承諾による法益侵害が正当化されるのであれば,違法性が阻却されるためには行為の違法性も存在しないものでなければならず,行為の社会的相当性もまた要件とされなければならない。

 

②被害者の承諾による違法性の阻却が,法益の抛棄という考え方から認められるものである以上,違法性が阻却される場合は,法益の処分が個人によりなされうる個人的法益の保護を目的とした犯罪について原則的に考えられる。しかし,公益の保護を志向する犯罪でも,なお被害者の承諾により違法性が阻却されることがある。
第一に,社会的法益の保護を目的としながらも二次的に個人的法益の保護をも考慮している犯罪については,その限りで被害者の承諾が問題となる。建造物の住居者や,現住者の同意 により放火がなされたときは非現住建造物放火と解し,所有者の同意による放火を自己の物に対する放火と解することがその例である。
次に,公共的法益に対する罪の構成要件が,暴行,脅迫,凌虐あるいは領得といった行為を予定している罪(公務執行妨害罪,騒擾罪,死体遺棄罪,特別公務員暴行凌虐罪等)については,特定人に対するこれらの行為に関し被害者の承諾がある場合が考えられる。
このようなときには,被害者の承諾により,間接的に保護されるべき公共の法益が喪失したことになると考えられている。文書偽造について,名義人の承諾のないことや名義人の意思に反してなされたことが犯罪成立のために必要であるとする判例(大判明治42 年7月1日,大判大正 12 年 2月 15 日)も,同じ法理によるものといえる。
次に,個人的法益に関する犯罪については,財産犯に関して被害者の承諾が違法性を失わしめることは程んど疑いのないところである。
自由,平隠及び名誉に対する罪については,住居侵入罪,強制猥褻罪,強姦罪,略取誘拐罪等は原則として被害者の意思に反することが構成要件のうえで要求されているのだから,もはや違法性の問題でないといわざるをえない。逮捕監禁罪,秘密漏泄罪,名誉毀損罪,業務妨害罪等については被害者の承諾は違法性を失わせると解すことができる。
脅迫罪の場合は問題である。特に問題となるのは,事前に一定の事由が存在するようになったときには絶交処分をする旨の約定がなされていた場合である。判例は,絶交処分そのものの根拠に関わる正当性について検討したうえで, その違法性の存否を判断している(大判大正2年 11 月 29 日,大判昭和3年8月3日)。
このような態度は,被害者の承諾のみならず,行為の違法性についても,被害者の承諾による違法性の喪失の判断にお いて,考慮の対象となることも示しているということができる。
最後に,生命,身体に対する犯罪についてであるが,まず,殺人罪に関しては被害者の同意のある場合について別途構成要件において定めているから問題はないし,堕胎罪,遺棄罪についても被害者の承諾が違法性を阻却するものでないことは 異論のないところと思われる。暴行,傷害罪については,とりわけ議論の対象となるところであるが, その場合においても行為の違法性の観点からの考察により疑問は解消していくものと思われる。


③被害者の承諾により,違法性が阻却されると考えられるためには,学説は次の要件が必要となると説明している。まず被害者の承諾,つまり被害法益についてであるが,第一に被害者の承諾にかかる法益が処分可能なものでなければならない。
このことはすでに前項において述べてきたところである。とりわけ,個人的法益に関する罪についても,構成要件の内容によって処分しうる法益間に差異のあることに注目しな ければならない。
次に,承諾そのものが瑕疵なくなされていなければならない。
すなわち,被害者が承諾を理解し,真意から承諾したものであることを要するのである。行為者が瑕疵のない承諾と思ったが, 真実は承諾に瑕疵が存したという場合は,錯誤一般の問題として解決されることになる。判例は,これを事実の錯誤と解している(大判明治 43 年4月 28 日,大判昭和7年8月4日)。
しかし,違法性阻却事由の錯誤は法律の錯誤であるとする立場によれば,故意は阻却されないということになろう。
次に,被害者の承諾は,承諾がなされることにより加害行為の違法性に対して影響を及ぼすことからも,違法性の阻却が根拠付けられている。従って,承諾は内心に存するだけでは足りず,明示あるいは外部に表示されることが必要となる。
内心に存在するのみでも足りるとする立場もあるが賛成することはできない。
後説は,おそらく,違法性阻却の根拠を保護法益の抛棄のみに求めたことからの帰結であろう。さらに,承諾は実際に構成要件に該当する行為がなされたときに存在することを要する。そのため,犯罪後に承諾が与えられたとしても,違法性を左右するものではないと考えられる。
最後に,承諾に基づく行為が社会的に相当なものでなければならない。
行為の社会的相当性は,目的の正当性と手段の相当性の双方からの考慮により検討されるべきであると解されている。ともかくも, 行為は目的により支配されていると考えるのであれば,行為の違法性は行為自体の相当性とともに,目的の正当性により阻却されるといわなければならないからである。そして,このような考慮から,被害者の承諾があるときの違法性阻却の理由を刑法三五条の正当行為として説明する立場もある。
さらに,学説は,被害者の承諾は存しないが,事実関係についての客観的かつ合理的判断から,被害者が事態を認識していたならば承諾をしたであろうときには,承諾が推定されるとしている。
この場合, 学説のなかには行為者が被害者の同意を推定して行動したということで,推定的承諾を認める立場もある。しかし,違法性は客観的見地から判断されるべきもので,行為者の主観だけに依拠して考えられるものでないのだから,にわかに賛成しがたい。この見解は,被害者の承諾が内心に存するのみで足りるとする立場からの結論であろうが,そう解しえないことはすでに述べたところである。推定的承諾は,被害者が頻死の状態にあるような場合に,医師が事務管理としてした治療行為などの事例で考えることができる。