正当防衛と緊急避難の共通点及び相違点について
正当防衛(刑法三六条一項)とは,簡単に言うと,犯罪構成要件に該当するが,急迫不正の侵害に対し,自己または第三者の権利を守るためにやむを得ずなした行為であり,緊急避難(刑法三七条一項本 文)とは,犯罪構成要件に該当するが,自己または第三者の生命・身体・自由・財産に対する現在の危難に対し,これを避けるためやむを得ずなした行為である。
共通点について
正当防衛と緊急避難との共通点の第一点は,いずれも,自己または第三者の権利が侵害されようとする緊急状態における権利を守るための行為である点である。
これに関連して,正当防衛における侵害の急迫性と,緊急避難における危難の現在性とは同一であると解されている。
もっとも,後述のように,正当防衛の守るべき権利には制限がないが,緊急避難のそれは生命・身体・自由・財産に限定されている点は異なっている。
共通点の第二点は,結論的に違法性が阻却されることになる点である。
この点,緊急避難は正当防衛と異なり,違法性阻却事由ではなく責任阻却事由であるという学説もある。
しかし,後述するように緊急避難には法益の権衡が要求され,守ろうとした法益と侵害した法益がバランスを失するときは緊急避難が成立しないが,緊急避難が責任阻却事由であるとすると法益の権衡を要求するのは不適切であることになる。
また,緊急避難は第三者の法益を守るためであっても認められ得るが,それを期待可能性の 減少で説明するのはかなり困難である。正対正の関係であることから定められた厳格な要件を満たす行為であって初めて緊急避難が成立するのであり,その行為は社会的相当性を逸脱しておらず,違法性が阻却されるものと考えるのが妥当であろう。
共通点の第三点は,手段方法の相当性を欠いた場合,過剰防衛(刑法三六条二項),過剰避難(刑法 三七条一項但し書)となり,刑の軽減または免除が可能となる点である。
相違点について
正当防衛と緊急避難との相違は,一言で言うと,前者が急迫不正の侵害に対する行為であるのに,後者が現在の危難に対する行為である点である。
すなわち,前者は「正対不正」の関係であるのに対し, 後者は「正対正」の関係である。 この点が両者の要件の相違となって現れる。正当防衛は,急迫不正の侵害に対し,自己または第三者の権利を防衛するため,必要性かつ相当性のある行為であることが要求される。
緊急避難は,自己または第三者の生命・身体・自由・財産に対する現在の危難を避けるため,他にとるべき手段がなくやむを得ずなした行為であり(補充性),侵害した法益が守ろうとした法益を越えないこと(法益の権衡)が要求される。
この補充性・法益の権衡は,それぞれ正当防衛における必要性・相当性に対応するものであるが,いずれもより厳格なものである。
正当防衛における必要性は,他にとるべき手段がなかったことまで意味するものではなく,相当性も,侵害した法益が守ろうとした法益を多少でも越えてはいけないことまで要求するものではない。
また,前述のように,正当防衛の守るべき権利には制限がないが, 緊急避難の場合は制限がある。