乙は,友人の甲をびっくりさせようと思って暗がりから飛び出したところ,甲は,暴漢が襲って来たものと思い,自分の身を守ろうとして所持していたステッキを乙めがけて投げ付けた。ところが,ステッキは乙に当たらず,ちょうど乙の後方から歩いて来た丙の目に当たり,丙に対し右目失明の傷害を負わせてしまった。
甲の刑事責任について論ぜよ。
第1 甲の行為の抜き出し
甲の行為は,「ステッキを投げ付けた行為」である。
今回は,この行為につき,①乙に対する関係と②丙に対する関係の両者をそれぞれ別個に検討する必要がある。
-なぜ別個に検討する必要があるか-
犯罪の成否は,まずは行為ごとを基準に検討するのが通常である。
しかし,行為は一つであるものの,複数の被害が生じている場合には,犯罪の成否についても,被害毎に個別に検討しなければならない。
特定の行為に出ることが,なぜ禁止され,処罰されているか。それは,法益を守るためである。それぞれの刑法の条文は,それぞれ法益を守るために存在していて,具体的事件においては,この法益を守るために刑法規範が作用することとなる。そうすると,行為が同じである場合でも,複数の法益侵害(被害)が考えられる場合には,刑法規範が複数回作用することとなる。すなわち,行為が同じであるとしても,一つの法益侵害毎(被害毎)に一つの罪の成否が検討されると考えておけばよい。
これから罪の成否を検討する暴行罪ないし傷害罪は,被害者それぞれの身体を守っている条文(人の身体が保護法益の個人的法益に関する罪)である。それぞれの被害者の身体を害したからこそ,それぞれの被害者との関係でそのような行為に出たことにつき罪の成否を問われるのである。
したがって,同じ行為ではあるものの,被害は二つあるので,乙に対する上記行為と,丙に対する上記行為の2つを検討する必要がある。
そして,それぞれにつき,構成要件該当性→違法性阻却事由の有無→責任阻却事由の有無の検討を試みることとなる。
第2 乙に対する上記行為について
1 構成要件該当性について
暴行罪(刑法208条)の構成要件該当性を検討する。
「暴行」とは,人の身体に対する有形力の行使をいうところ,本件では,乙たる人に向けて,ステッキを投げ付けているのであるから,人の身体に対する有形力の行使に該当し,「暴行」といえ,故意もあるので,構成要件該当性が肯定される。
2 違法性阻却事由たる正当防衛の成否について
甲は,本件行為につき,暴漢が襲って来たと思い,自分の身を守ろうとして行ったものである。
ここで,正当防衛(刑法36条1項)の成否が問題となるも,正当防衛は,客観的な「急迫不正の侵害」状況があることを前提として成立するものであるところ,本件では,乙は単に甲をびっくりさせようと思って暗がりから飛び出たものにすぎず,甲に対する急迫不正の侵害状況にはない。
したがって,正当防衛は成立せず,違法性は阻却されない。
3 責任阻却事由について
もっとも,甲は暴漢が襲って来たものと勘違いをしており,いわば急迫不正の侵害状況にあると誤想して本件行為に出たものである。違法性阻却事由に該当する事実に関して錯誤があり,誤想防衛として責任故意が阻却されないかが問題となる。
この点,正当防衛に該当する事実があると誤信した上で行為に出た場合には,違法性のある行為を行うという認識はないため責任を認めることはできないので,責任故意が阻却されると考えられる。
しかし,正当防衛状況(急迫不正侵害状況)を誤信した場合においても,自身の行った行為が,(誤信した状況下に比して)過剰であって,その認識がある場合(「やむを得ずにした行為」にあたらず,その基礎事実につき認識がある場合)については,行為者において自身の行為が違法であること自体は認識しているのであるから,責任故意は阻却されない(犯罪が成立するが,同時に誤想過剰防衛が成立する。)こととなる。
すなわち,誤想防衛として故意を阻却するかどうかは,
①誤想した侵害状況への対応として「やむを得ずにした行為」に該当するか否か,
②「やむを得ずにした行為」に該当しない場合に,その過剰性を基礎づける事実につき認識していたか(認識していない場合には,行為者の認識下では「やむを得ずした行為」となる。)
のどちらかを満たす場合ということとなる。
①やむを得ずした行為に当たるかどうかは,(誤想した)侵害行為に対して本件行為を行うことが必要であったか,取り得る方法として相当であったかを検討することとなる。
本件で,甲は,いきなり暴漢が襲って来たものであると考えており,乙が暗がりから襲って来たものとすると,自己の身体・財産等の危険を誤想したものであるといえる。これに対する対応として,ステッキを投げ付ける行為は,このような誤想した被害を避けるための方法として必要な行為であったといえる。
また,急な対応を迫られた甲にとっては,それを避けるために他の方法を検討するのも困難であり,取り得る方法として相当性も認められる。
そうすると,本件で甲が行った上記行為は,誤想した侵害を避けるための手段としてやむを得ずにした行為にあたる。
したがって,誤想防衛として責任故意を阻却するので,上記行為には,乙に対する暴行罪は成立しない。
第3 丙に対する上記行為について
1 構成要件該当性について
傷害罪(204条)の構成要件該当性を検討する。
甲は,上記行為たる「暴行」によって,丙に対して右目失明の傷害を負わせているから,傷害罪の客観的構成要件は充足する。
甲は暴漢と思った乙に対して同行為を行ったが,結果として丙に当たったこととなっており,ここに,客体の錯誤が生じているものの,「人」に対して暴行を加えるという意味では,甲は暴行罪の規範に直面しており,あえてその行為に出たのであるから,丙との関係でも構成要件的故意は阻却されない(法定的符合説)。また,傷害罪は暴行罪の結果的加重犯であるから,暴行の故意をもって足りる。
したがって,甲の上記行為は,丙に対する関係では,傷害罪の構成要件に該当する。
2 違法性阻却事由について
乙に対する関係と同様に,正当防衛状況や緊急避難状況にはないのであるから,違法性は阻却されない。
3 責任阻却事由について
もっとも,乙に対する関係と同様に,甲は本件行為について,暴漢と思った乙に対応するために行ったものであるところ,丙との関係においても,この事実につき何らかの形で考慮されないか問題となる。いわゆる,防衛行為と第三者(本件では,さらに誤想していることから議論を複雑化させている。)の論点である。
ここの論点は非常に難解であり,学説の整理も裁判例の理解も,その具体的なあてはめでどのように処理するかも様々となっている。
さらに誤想避難として論じる場合に,どのような要件の下で誤想避難となって故意を阻却するのか,その具体的あてはめはどのようになるのか,誤想過剰避難はどのようになるのかについては,文献において記載が乏しい。
→ 変な説をよらず,守りの答案を書くことが大事。
まず,単純に,防衛行為の相手方との間で正当防衛(誤想防衛でない。)が成立する場合において,防衛行為と第三者をどのように考えるかについては,大きく分けて以下の3つがあると思われる。
① 同様に正当防衛として違法性の阻却を検討する説
② 緊急避難として違法性(及び責任)の阻却を検討する説
③ 一種の誤想防衛として処理をして(責任)故意の阻却を検討する説
Ex.大阪高判平成14年9月4日判タ1114号293頁
書きやすいのは②の説。
上述したように,犯罪の成否は被害毎に検討されるものであって,どのような違法性阻却事由を検討すべきかも,その被害毎に応じて検討されるべきと思われる。そして,第三者については,侵害行為を行った主体ではないのであるから,正対不正の関係である正当防衛状況として考えるのは相当ではなく,緊急避難としてその成否を検討すべきものであると思われるため。
これを前提に,誤想防衛行為と第三者についての論点であるとすると,以上に対応して,以下のとおりとなる。
① 誤想防衛として責任故意の阻却を検討する説
② 誤想避難として責任故意の阻却を検討する説
③ ①の発想とは異なり,一種の誤想防衛として責任故意の阻却を検討する説
同様に,②の説を採るのが書きやすい。
以下,②説を前提として解説する。
②説を前提とすると,本件は,誤想避難であるとして責任故意を阻却しないかが問題となる。
すなわち,行為が誤想していた現在の危難を避けるために❶⑴やむを得ずした行為であり,⑵これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合(法益の均衡)場合に,誤想避難として責任故意を阻却する。一方で,❷これらの要件を満たさず,かつ,それを満たさない事実につき認識がある場合(過剰性の認識がある場合)には,故意を阻却しない(犯罪が成立するが,同時に誤想過剰避難が成立する。)こととなる。
また,緊急避難の場合の「やむを得ずにした行為」は,正当防衛の「やむを得ずした行為」とは解釈がかわっている。
正当防衛は,その侵害を防ぐために必要かつ相当な行為であればよい(判例【最判昭和44年12月4日刑集23巻12号1573頁】は,権利防衛の手段として必要最小限度のものであることをいうと述べるが,同趣旨であると思われる。)が,緊急避難は,その危難を避けるための唯一の方法であって,他に取るべき手段がなかった場合(補充性が認められること)をいう。
以上のことから,
ⅰ 誤想した避難状況下での「やむを得ずした行為」に該当するか
ⅱ 法益の均衡が保たれているか
ⅲ これらが過剰であるとされた場合において,その過剰性を基礎づける事実を認識しているか
の3点を検討することとなると一応理解しておけばよい。
本件でのあてはめは難解である。
ⅰについて,ステッキを投げ付ける以外の他の方法として退避することや助けを呼ぶこと等が考えられるが,咄嗟の出来事であり,緊急事態において他に取るべき手段はなかった可能性(唯一の方法の可能性)があるとみることもできうる。
ⅱについて,甲の誤想した危難状況は,直ちに生命まで害されるものではなく,あっても甲の身体に対するある程度の攻撃か,財産被害であると思料されるところ,甲の行為により,丙は失明するまでの回復不可能な傷害を負ってしまっており,法益の均衡は保たれていない。
ⅲについては,結果的に第三者を害してしまったのであり,人に対する侵害を認識している以上は過剰性を基礎づける事実の認識があるといえる,又は,本件暴行は,第三者との関係では,このような結果を生じさせるほどに危険性の高い行為であったから過剰性を基礎づける事実の認識があると考えることもできる。
このことから,誤想避難の成立を否定し,過剰性の認識があるから誤想過剰避難であって,37条1項ただし書を適用ないし準用すると考えることもできよう。
もっとも,甲は丙の存在を認識しておらず,失明させることまでは想定していないため,丙を失明させる結果につながること(投げたステッキが他者の目にあたりうる可能性のあること)についての認識がないともいいうる。本件で甲が認識していた限度は,誰かの身体に当たる可能性のある程度の行為であり,そうすると過剰性の認識はなく,法益の均衡が保たれているとして,誤想避難を成立させることも可能と思われる。
以上のように,(誤想)防衛行為と第三者は,いろいろな処理の仕方があり,どのような処理が正しいのかがまだ定まっていない(裁判例が乏しいことも一因である。)。
そのため,自説にしたがって,穏当に,検討すべきことを触れられていればよい。