司法試験の勉強会

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因果関係とは?事例問題とともに解説

 甲は,深夜,散歩をしていた際,女性の叫び声が聞こえたので,声のした方に近づいたところ,女性のBがぐったりした様子でシャッターを背にして立っており,その前に若い男AがBの両肩に手をかけて立っていた。そのため,甲は,AがBを強姦しようとしているのだと思い込み,Bの急を救うため,付近にあったれんがでいきなりAの後頭部を背後から力任せに殴打した。ところが,それは甲の誤解であり,Aは,酒癖の悪い同僚のBを介抱していたにすぎなかった。その後,Aは,甲から殴られた頭部の傷を治すため,医者に行かず,傷口に油を塗る素人療法を行っていたところ,そのため傷口が化膿し,敗血症にかかって死亡した。

甲の刑事責任について論ぜよ。

 

解説

1 刑法の基本の思考方法を踏まえ,答案を構成すること
本問では,少し勉強が進んでいる人であれば,因果関係における被害者の行為の介在の論点と,勘違い騎士道事件の論点を書けばよさそうだとすぐ理解に到達するであろうと思う。
その理解自体は正しい。しかし,すぐにその論点に飛びつかず,刑法の基本である①構成要件該当性→②違法性阻却事由→③責任阻却事由の検討は忘れずに,それに沿って答案を作成することが肝要
そのようにすれば,どのような順番で論点を書くべきかもおのずと見えてくる。
 
2 本件での構成要件該当性の検討
(1)何罪を検討すべきか
本問で検討すべき甲の刑事責任の成否を検討すべき行為は,「れんがで…Aの後頭部を背後から力任せに殴打した」行為である。
では,この行為について,何罪の構成要件を検討すべきか。
 ① 殺人罪or殺人未遂罪
 ② 傷害罪or傷害致死
 
殺人罪傷害致死罪の異なる点は,①殺人の実行行為性と②殺意の有無であるが,両者は基本的に重なり合う場合が多いので,殺人の実行行為性が認められるかを考えてみるとよい。
殺人罪の実行行為性が認められるかは,実行の着手の論点を参照にしてほしい。
実行行為といいうるためには,その結果発生の現実的危険性を有する行為であることが必要となる。
すなわち,殺人罪の実行行為性が認められるためには,同行為が,生命侵奪の危険性の高い行為であったといえるかどうかという観点を基準としてみることになる。
 
そうしてみると,たしかに,後述のように自己の素人療法が介在してはいるもののAは甲から殴られたことにより,死亡したもの(事実的因果関係はある)であるが,実行行為のみからみると,単にれんがで頭部を1回殴ったというものであり,その行為のみでは,死に至らない可能性も十分に存在した行為であるといえる。

現にAが素人療法を行ったことにより,死んでしまったものであることからすると,甲の行為だけで死の結果を発生させてしまう危険性が高いようなものとはいえず,殺人罪(又は殺人未遂罪)の実行行為性があるとみることは困難であると思われる。
 
※ 注意すべきは,実行行為の議論と因果関係の議論をごちゃまぜにしないこと。
  実行行為の議論は,先ほど述べたように,その行為自体から,結果発生の危険性が(十分に)高いものであったといえるかを基準として考える。
  因果関係の議論は,そのあとの話(実行行為で殺人(未遂)罪が無理となれば,傷害罪で検討し,その上で致死の結果を問いうるか,傷害致死罪となるかどうかの議論)で,語弊を恐れずに言えば,実行行為から結果の発生が高いとはいえなくとも,その結果を当該行為が招いたものとして帰責できるかどうかの話であり,結果発生の危険性の高さではなく,そのような因果経過に基づく結果発生も通常あり得るものと考えることができるかの話である。
※ ただ,ここには実際には因果関係の議論と実行行為の議論の峻別が難しい場合もありうるので,あまり深くは立ち入るべきではない。
   
 
(2)傷害(致死)罪の検討
ア 死亡に関する因果関係以外の検討
傷害の実行行為について,本件では,上記行為は暴行に該当し,本件ではやや設問が不親切ではあるが,傷自体は生じている模様である。傷害罪は暴行の結果的加重犯であるため,その傷が生じていることから,傷害罪は成立している(なお,本件では,傷自体は発生の危険性の高い行為であると考えられるため,端的に,傷害の実行行為とみても問題はないし,むしろその方がよいかもしれない。)。
 
イ 死亡に関する因果関係の検討
そのうえで,本件では,Aが敗血症にかかり,死亡している。
しかし,それは,Aが素人療法を用いたことにより,敗血症にかかってしまったという経過をたどっていることから,この死亡結果について,甲にその責任を帰責できるかが問題となる。これが,因果関係の論点であり,講学上では,「被害者の行為が介在した結果に関する因果関係の肯否」というものである。
 
まず,事実的因果関係があるかどうかをみると,
暴行→傷→Aの素人療法→傷の化膿による敗血症→死亡
といった経過をたどっている。
 
甲の行為がなければ,Aが素人療法を行うことはなく,それにより敗血症にり患して死亡することもなかったのであるから,事実的因果関係自体はある。
 しかし,甲にとってはAが素人療法を用いることは想定できなかったものであり,しっかりと治療をしていれば死亡という結果は発生しなかった可能性が十分にありえそうであるところ,このような死亡の結果も,甲の行為に帰責してよいものであるのか。これがいわゆる,「法的因果関係」があるかどうかといわれる問題である。
 
 ウ 法的因果関係について
 法的因果関係の議論につき,勉強が進んでいる者であれば,かつては相当因果関係説が通説とされ,現在は危険の現実化説が判例として用いられていることが想起できると思われる。
 
 この解説では,危険の現実化に基づく処理につき説明する。
 
まず,危険の現実化説の考え方であるが,簡潔に言えば,以下のような考え方であるといえる。
すなわち,結果帰責の根拠は,そのような結果発生の危険がその行為自体に存在,由来しているからこそであり,当人の行為と全く関係のない結果について帰責させるのは,いきすぎた結果責任であり,妥当でない。
では,どのような場合に,行為に対する結果帰属を肯定できるかであるが,それは,実際に発生した結果について,行為に内在している危険が現実化したものであるといえるかということである。
その具体的な考え方であるが,①直接結果惹起しうるようなものであるのかをまず検討し,②直接結果惹起しうるようなものでないとすれば,何に基づく(何を原因としての)結果発生であったのかを検討し,③そのうえで,その基づく原因につき,それは実行行為から導かれた原因であるのか(誘発されたか否か)を検討する。
実行行為から導かれた原因か否かを判断する基準としては,その行為の具体的内容(その危険性の程度等)や行われた状況からそのような因果経過をたどることが,通常ありうるものなのか(不自然,不相当なものなのか)で判断する。

 

本件の検討
結論はどちらでもよいとは思われるが,殴られて傷を負った被害者がその傷に対してどのような行為をとることが普通は想定されるか,病院に行くべきであるとしても,病院に行かないで自分で経過観察をしたり,処置を施したりするという行動をとることも想定できるものかどうかを考え,もしそういう行動をとることも想定できるものであれば,敗血症が出る可能性のある素人療法をとったということも通常あり得る因果経過であるということとなり,行為に内在する危険が現実化したものであると判断されよう。
一方で傷が大したことないものあり,よほど変な素人療法をとったことにより敗血症になった場合においては,その後の因果経過は通常想定しがたいと判断することも可能であると思われる。
 
本件に近い判例としては,
最決昭和63年5月11日柔道整復師事件を適宜参照していただきたい。

 

(3)構成要件該当性の結論
実行行為及び因果関係の結論に応じて,殺人罪,殺人未遂罪,傷害罪,傷害致死罪の種々の結論があり得る。
 
個人的には,傷害罪ないし傷害致死罪の結論が落ち着きがよいと思われる。
 
3 違法性阻却事由について
甲の認識としては,Bを助けるために,当該行為を行ったものであるところ,第三者の身体及び(性的)自由に対する急迫不正の侵害を防ごうと思ったわけであるが,実際にはAはBを介抱していたに過ぎなかったので,客観的には急迫不正の侵害がないことになり,正当防衛は成立しない。

 

4 責任阻却事由について
(1)誤想防衛の成否について
※ いきなり誤想過剰防衛の成立について論じないこと。
誤想過剰防衛は,誤想防衛が成立しないとされた場合にはじめてでてくる概念であるので,検討順序としては,誤想防衛の成否の上で論じられるべきである。
本件では,客観的には急迫不正の侵害はなかったわけであるが,甲の認識としては,急迫不正の侵害の状況であると認識して,行為に出ている。
そのため,このような場合には誤想防衛として責任故意が阻却され,傷害(致死)罪が成立しないのではないかということがありうる。
誤想防衛となるためには,他の正当防衛の要件をすべて満たしている必要がある。


正当防衛の要件は,①急迫性,②不正性,③防衛の意思,④やむを得ずした行為(行為の必要性,相当性)


であるが,誤想防衛では①②については甲の認識という限度での要件として,④については,そのような甲の認識に基づく急迫不正の侵害を除去するために,甲の行為が必要かつ相当であったかどうかを論じることとなる。
仮に,④の要件を満たさないとなれば,誤想防衛ではなく,誤想過剰防衛ということとなり,責任故意は阻却されず,ただ,刑法36条2項により(又は準拠して)減免されうる(されうるとしたのは,36条2項は,「できる」という任意的減免規定であるため。)。
 
端的にいえば,過剰性の認識があったかどうかが,誤想防衛として責任故意を阻却するかどうかの判断を分けるということとなる。
 

本問の検討
本問では,甲はAがBを襲っていると誤認したわけであるが,この場合において,Bの急迫不正の侵害を防ぐために甲としてはどのような行為をとるべきであったのかを検討することとなる。
※ 甲の誤想が安易なものであったのかをみるのではないことに注意。あくまでここで検討すべきは,本当にBが襲われているような状況にあったとして,それを防ぐために甲がとった行動はやむを得ないものであったのかという点である。
 
ここについては,どの程度の急迫不正状況であると誤信していたかによるかもしれない。
たとえば,AがBに覆い被さっているような状況であったとすれば,いち早くBを助けるために暴行行為に出ることも必要なものであり,手段としても相当性を逸脱していないものであったと判断することもできよう。
しかし,本問では,Bがぐったりした様子で立っていたところ,その前にAがBの両肩に手をかけて立っていたという程度のものであり,急迫不正の侵害があるとしても,その程度はまだ浅い状況であった。このような状況においては,他の手段は十分に取り得るものであり,少なくともいきなり背後かられんがで殴り掛かる行為にでることにつき,少なくとも相当性はないといえる。
そうすると,甲の行為は,誤想した急迫不正の侵害状況を除去するためにやむを得ずした行為であると認めることはできない。
 

(2)誤想過剰防衛の成立
もっとも,刑法36条2項は急迫不正の侵害があった場合には,それに対する対抗行為がやむを得ずした行為に該当しなかったとしても,過剰防衛の成立を認め,減免の余地を残している。
これは,急迫不正の侵害状況においては,その場面の焦りや緊迫感から行為者において咄嗟に適切な行為により対処することが難しく,しばしば程度を超えたものとなってしまいがちであるから,そのような適切な行為を要求することは困難であり,多少程度を超えた場合であったとしても,減免の余地を残した規定である(責任減刑の規定と理解)。
このような行為者の心情は,たとえそれが誤想であったとしても同様であり,この規定は誤想過剰防衛の場合においても適用される。判例も,正当防衛状況を誤想して過剰行為を行ってしまった事件につき,刑法36条2項の適用を肯定している。


本件でも,同様に,甲は,Bが襲われているという急迫不正状況を誤認した焦りから本件行為にでてしまったものと考えられ,誤想過剰防衛として,刑法36条2項により,その刑が減免されうる。
 
※ なお,誤想防衛を認めた場合には,その罪については成立しないが,その後,誤想したことにつき過失があったかを検討して,過失傷害(致死)罪の検討は必要となるので注意されたい。

 


なぜ誤想防衛の場合には責任故意は阻却され,誤想過剰防衛の場合には責任故意は阻却されないのかについて付言すると,正当防衛の要件をすべて満たしているとのであれば,その行為は本来適法となるものであって,そのような行為に出ることにつき,法は許容している。つまり,法を破るという違法性のある行為を行おうという認識がない。それは客観的に急迫不正の侵害状況がなかったとしても,他の正当防衛の要件を満たしているのであれば,その者は法が許容している行為を行おうとしただけの認識であるから,責任を認めることはできないため,誤想防衛は責任故意を阻却することとなる。しかし一方で,誤想過剰防衛については,過剰性の認識がある。過剰性がある場合には,法は任意的減免規定しか置いておらず,それは可罰的な行為であって,行為者も可罰行為であることの認識を有している。つまり,法を破る行為を行おうという認識を有しながら,その行為を行っているのであり,責任故意は阻却されないこととなる。