【ゼロから始める法学ガチ解説シリーズ】正当防衛と誤想防衛についてわかりやすく解説
甲は,知人であるAから罵られたため,言い返したところ,Aは,甲にむかって手を振り上げた。次の各場合における甲の刑事責任(特別法違反の点は除く。)を論ぜよ(各場合は独立したものとする。)。
⑴ Aがそのまま殴りかかってきたため,甲はその場を一旦離れた。そして,甲は,その場に戻ればAが攻撃してくるだろうと思っていたが,日頃のAの言動により鬱憤がたまっていたので,この機会に懲らしめてやろうと考え,Aのいる場所に戻ったところ,再びAが殴りかかってきたので,Aに暴行を加えて傷害を負わせた。
⑵ 甲は,Aから暴力を振るわれると考え,とっさに身を守るため,Aが死んでもかまわないと思いながら,たまたま所持していたナイフでAの胸部を突き刺し,死亡させた。しかし,実際は,Aは仲直りしようと考えて,甲の肩に手をかけようとしただけであった。
第1 刑法の考え方
⑴ 構成要件該当性→違法性阻却事由→責任阻却事由の手順で考える。
⑵ どの行為について構成要件該当性を検討するかを意識する。
第2 問⑴について
1 行為の抜き出し及び構成要件該当性
行為=Aに暴行を加えて傷害を負わせた。
検討する刑罰法規=傷害罪(刑法204条)
※ 構成要件該当性は端的に終えること。
2 違法性阻却事由
正当防衛(刑法36条1項)の成否が問題となる。
正当防衛の要件
⑴正当防衛状況(「急迫不正の侵害」の存在)
①急迫性
②不正性
⑵防衛の意思(「自己または他人の権利を防衛するため」)
⑶対抗行為の必要性・相当性(「やむを得ずした行為」該当性)
「刑法36条が正当防衛について侵害の急迫性を要件としているのは,予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないから,当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても,そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではない…。しかし同条が侵害の急迫性を要件としている趣旨から考えて,単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず,その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは,もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である。」
侵害の急迫性…侵害が現在するか,切迫していること
判例①により,侵害の予期+積極的加害意思をもっている場合には,侵害の急迫性の要件を充足しないことが明らかとなった。
根拠…正当防衛は,不正の侵害に対して,咄嗟の対応を迫られる緊急状況下での行為者の行為を正当化するもの。そうすると,侵害の予期しただけでなく,さらに積極的に加害意思をもって侵害に臨んだ者については,単に正当防衛に名を借りて攻撃しているにすぎない(そのような意思で無用な状況を自ら作出した者に正当防衛をもって攻撃を正当化することを法は予定していない。)ものであり,同人にとっては急迫性のある侵害とはいえない。
※ 積極的加害意思と防衛の意思の関係
どちらで考えればよいのか迷われる受験者も多いと思われる。
この二つは,時期と程度が異なることに注意を要する。
予期+積極的加害意思…相手方の侵害よりも前に生じる問題であり,この機会に積極的に攻撃する意思があれば急迫性が否定される。
防衛の意思…相手方の不正の侵害に対し,現に反撃行為に及ぶ際の心理状態についての問題であり,攻撃の意思と併存してもよく,もっぱら攻撃の意思で行った場合にのみ防衛の意思が否定される(最判昭和50年11月28日刑集29巻10号983頁)。
⇒ 本件では,相手方の侵害よりも前の意思を問題にしているので,予期+積極的加害意思の問題と理解できる。
※ さらに勉強したい人のために知っておいてもらいたい判例
「刑法36条は,急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに,侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。したがって,行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合,侵害の急迫性の要件については,侵害を予期していたことから,直ちにこれが失われると解すべきではなく…,対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。具体的には,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害行為の異同,行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し,行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき…など,前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。」
⇒ 侵害の予期+積極的加害意思は,急迫性否定の一つのパターンであり,それ以外もあり得ることが判示されている(積極的加害意思までは認定できない場合においても,正当防衛の存在理由から急迫性が認められない場合があり得る。)。また,侵害回避義務を否定していた従前の最高裁とは若干ニュアンスが異なり,「侵害回避の容易性」についても考慮要素の一つとされている。
判例によれば,本件では,Aの侵害を予期し,積極的加害意思をもって現場に向かっているので,急迫性は否定される。したがって,正当防衛は成立せず,甲の行為には傷害罪が成立するので,甲は,傷害罪の刑事責任を負う。
第3 問⑵について
1 行為の抜き出し及び構成要件該当性
行為=所持していたナイフでAの胸部を突き刺した行為
検討する刑罰法規=殺人罪(刑法199条)
※ 殺意の認定も含めて端的に終えること
2 違法性阻却事由
Aは甲の肩に手をかけようとしていただけ=急迫不正の侵害がない
⇒ 正当防衛は成立しない。
3 責任阻却事由
もっとも,甲は,Aから暴力を振るわれると考えて上記行為に出ている。
⇒ 急迫不正の侵害状況を誤認している。
そこで,誤想防衛として責任故意を阻却しないか問題となる。
誤想防衛の責任故意阻却の根拠
正当防衛に該当する事実があると誤信して行為に出た場合には,違法性のある行為を行うという認識はなく,責任を認めることができないので,責任故意が阻却される。
しかし,正当防衛状況を誤信した場合においても,自身の行為がその対応として過剰であることを認識している場合においては,過剰防衛は違法であるのであることからして,行為者において自身の行為が違法であること自体は認識しているから,責任故意は阻却されない。
構成要件
⇒ 国民に行動規範を明示
⇒ このような行為にでてはならないことがわかる
⇒ 正当防衛についても明示されているから,このような場合には行為に出てよい(違法じゃない)ことがわかる
⇒ 正当防衛と誤認していれば,本人は違法じゃないと思っているので,行為に出た責任を問えない(一方で,過剰防衛は犯罪が成立するので,違法である⇒違法であることがわかるので,責任は問える。)
本件では,甲はAから暴力を振るわれると考えている。
「やむを得ずした行為」=必要性・相当性
誤想した侵害への対応として,やむを得ずした行為といえるか。
⇒ 身体に対する侵害に対して生命を奪いかねない行為で対応している。そのような行為まで行う必要はないし,少なくとも相当性は当然に充たさない。
⇒ 過剰性の認識を有しており,自身の行為が違法であると理解しているから,責任故意は阻却されない。
4 誤想過剰防衛の成立
もっとも,過剰防衛に関する刑法36条2項は,心理的な焦り等から適切な対処行為に出ることがしばしば難しいことから,減免の余地を規定しており,このような心理状況は,侵害を誤想した場面においても同様である。
⇒ したがって,誤想過剰防衛においても,刑法36条2項の適用があると解される(判例③…最決昭和62年3月26日刑集41巻2号182頁)。
事案:空手三段の腕前を有する被告人が,夜間帰宅途中の路上で,酩酊したA女とこれをなだめていたBとがもみ合ううちA女がシャッターにぶつかってしりもちをついたのを目撃して,A女がBから暴行を受けているものと誤解し,A女を助けるべく両者の間に割って入ったあと,Bが防御するため手を握って胸の前あたりにあげたのをボクシングのファイティングポーズのような姿勢を取って自分に殴りかかってくるものと誤信して,空手技である回し蹴りでBの顔面に左足を当て,転倒させて死亡させた。
判断:「本件回し蹴り行為は,被告人が誤信したBによる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとし,被告人の所為について傷害致死罪が成立し,いわゆる誤想過剰防衛として刑法36条2項により刑を減軽した原判断は正当である。」
本件の甲の行為は殺人罪が成立し,その刑事責任を負うが,誤想過剰防衛として,刑法36条2項により情状により刑の減免がされうる。