【ゼロから始める法学ガチ解説シリーズ】代理と意思表示の瑕疵について事例問題を使い解説【民法】
Aは,Bから金員を借り受ける際,A所有の甲土地を担保に供し,Bに対し,抵当権設定 登記手続の代理権を授与した。ところが,Bは,抵当権設定登記手続を済ませた後,Aの代理人 であると称して,Cに対し,甲土地を売却した。Cが甲土地を買い受けたのは,甲土地付近に私 鉄の駅の建設計画があるものと誤信したためであり,Cは,買受けの際,Bにその旨を告げてい た。
Cは,Aに対し,甲土地の所有権移転登記手続を求めている。
この場合におけるA・C間の法律関係を説明せよ。
一 最初に
本問は,具体的な設例を示したうえ,CはAに対し所有権移転登記手続を求めている,AC間の法律 関係を説明せよと問うている。このような問題では,所有権移転登記手続を請求するための要件は何か,設例の事実がその要件を満たすか,という順番で考えるとよい。
論点は,条文に事実をあてはめる際に,文言の意味がどうだとか,文言どおりでは不都合だからこう解 釈するとかいう形で問題となるのであり,条文の要件は何か,あてはまる事実はあるかを考える作業を はなれて存在するものではないからである。そのような見地から,この解説ではなるべく思考過程を詳 しく示すよう努力したい。
所有権移転登記手続請求のためには,本問でいえば売買契約が成立していればよい。売買契約の売主 は,売買目的物の対抗要件の完備に協力する契約上の義務を負うからである。登記請求権は所有権など の物権により発生する場合もあり,本問でもAの所有権が売買契約でCに移転したといえば所有権によ る登記請求が可能となるが,いずれにせよ売買契約の有効な成立が問題であることはまちがいない。登 記請求権にスペースをさくべきではない。
では,売買契約の成立要件は何か。原則としては,売る,買うという意思表示の合致があればよい(本 問では問題ない)。ただし,錯誤など意思表示の瑕疵その他の事由があればその効力は阻まれる。そして, 本問は他人BがAの代理人としてした契約であり,本人への効果帰属の要件も必要である。 以下では,まず代理関係の問題を考察し,次に意思表示の瑕疵の問題を考える。
二 代理の問題について
1 問題の所在
代理人の行為の効果が本人に帰属するための基本的な要件は,民法九九条にあるとおり,ア 代理権 があること,イ その代理権の範囲内でした行為であること,ウ 行為に際し本人のためにすることを 示したこと(顕名)の三つである。
また,以上のうちイまたはア・イが欠けた場合(無権代理)でも,やはり 効果帰属が認められる場合があり,それが表見代理であり追認である。具体的な事例にあたった場合に は,答案に書く書かないは別として,九九条有権代理,表見代理,追認の三つの可能性を考える必要が ある(さらに特殊な場合として,相続などにより代理人の地位と本人の地位が同一人に帰属した場合があ る。)。
本問では売買契約について九九条のイの要件が欠けているし,追認の意思表示をしたという事実 は全くないから,売買契約の代理権がないということをひとこと断って表見代理の問題を書けばよい。
2 表見代理
表見代理は,条文上三種ある。本問では代理人が権限外の行為をしたから,まず一一〇条の適用を考 えるとよい。問題文にはAがBに委任状等を渡したというような授権表示の事実はないから,一〇九条 にはふれなくてよい。 一一〇条は,九九条のイのかわりに,相手方が代理権があると信じるにたりる正当事由があることを 求めている。以下,一一〇条の要件について考える。
まず,代理権があること(基本代理権)について。この要件については,私法上の法律行為についてで なければ表見代理は成立しないかの問題がある。そのようにいうと,本問の登記申請は私人の公法行為 であるから,表見代理が成立しなくなる。
ある説は,厳密には法律行為に属する行為ではなくても対外的な行為を代わってする権限があれば足 りるという。これによると,表見代理成立の可能性がある。この説の根拠は,本人の帰責事由として重 要なのは信じるべきでない者を信じたということであり,その信頼の内容が法律行為の代理権の授与と いう場合であってもそれ以外の場合であっても本質的な違いはない,法律行為以外の場合でも動的安全をはかる余地を認めるべきだというところにある。ただし,静的安全の配慮は必要で,この説では正当 事由の判断を慎重にすればよいという。
判例は,抽象論として法律行為,それも私法上の法律行為をする権限に限るといいつつ,特定の私法 上の取引行為の一環としてされる公法行為の代理権ならよいと解している。というのは,私法上の法律 行為に限るというのは,死亡届のために印鑑を預けたところ抵当権設定に悪用された,というように, 全く本人の意思に反した予期できない悪用の場合の本人保護をはかるためである。しかし他方,公法行 為であれ信頼を裏切るような他人に重要な行為を委託したのであれば,その本人には大きな帰責事由が あるといえ,公法行為ではいけないという論理必然性まではないからである。本問では,金銭消費貸借 及び抵当権設定契約の一環としてした行為であるから基本代理権の要件を満たす。
どの説をとってもよいが,本人の帰責事由と相手方の要保護性を検討し,どのような場合に静的安全 を重視し,あるいは動的安全を重視するのが合理的か,という視点を明確にしてほしい。 代理権については,もうひとつ重要な問題がある。それは,一一〇条と一一二条の複合適用の問題で ある。問題文ではBは登記手続を完了しているから,その時点で代理権は目的を達して消滅しているこ とになり,表見代理が成立しないのではないかの問題がある。
しかし,代理権の範囲内の代理の場合でも,代理権消滅後の表見代理(一一二条)がある。そこで,動 的安全保護のため一一〇条とともに一一二条を適用した表見代理を認め,静的安全は(一一〇条のほか) 一一二条の善意無過失の要件ではかるべきであろう。
あと,顕名の要件については問題文にある。正当事由,代理権消滅についての善意無過失に関しては, 判断の材料になる事実(実印や委任状の呈示の有無,AB間の身分関係,BがCに対し代理権ありと信じ させた言辞など)が出ていないから詳しく書かなくてよいと思う。ただし,この形の表見代理では,代理 権の範囲内であると信じるについての正当事由のほかに,代理権が消滅していないことについての善意 無過失が要求されているから,相手方の保護の可能性は少なくなると一般的にはいえる。
三 意思表示の瑕疵について
1 はじめに
Cには,私鉄の駅の建設計画があったという所に思い違いがあるから,錯誤の検討をする。 錯誤の効果は,意思表示(及びそれにより構成される契約など)の無効である。要件は,ア 錯誤があ ること,イ 錯誤が要素に関するものであることである。ただし,表意者に重過失があれば無効の効果 は出ない。
2 九五条の要件の検討
まず,「錯誤」の要件については,日常用語からすると思い違い一般をいうようであるが,かつては 表示に対応する意思がないことと解されていた。本問のように動機に錯誤がある場合には,買うという 意思はあるから錯誤ではないとされた。その根拠は,表示に対応する内心の意思があるから意思表示の 効力が認められる,表示に対応する内心の意思がなければ意思表示の効力はないという意思主義理論に あるが,思い違い一般を錯誤と認めては相手方の保護に欠けるという配慮もあるであろう。
しかし,動機の錯誤が一般的に錯誤とは認められないのでは,表意者の保護に欠ける。そこで,通説, 判例は,動機の表示を条件に,動機の錯誤も錯誤と認める。動機の表示が条件となるのは,そのような 形で相手方に警告されたから,相手方としても錯誤を主張されても仕方がないからである。
あるいは,相手方保護のために錯誤の態様にかかわらず相手方の悪意または有過失を要件とし,動機 の錯誤もほかの錯誤と同じに扱うとの説もある。錯誤は,表意者自身が気づいていない場合であるから, 表示するということとはあいいれず,表示を要求して取引安全との調和をはかることは妥当でないとい う。いずれにせよ,錯誤の問題は意思主義理論から形式的に見るのではなく,どのような場合に表意者 を保護し,あるいは相手方を保護するのが合理的かを考えるべきだというのが最近の共通の理解であり, この視点を明確にしてほしい。
本問では,Cは動機をBに告げていたというのであるから,通説判例の立場では要件を満たす。相手 方の悪意または過失を求める立場でも過失を肯定しやすいであろう。
なお,本問のCは代理人を相手方としているが,このような場合動機の表示や悪意・過失は原則とし て意思決定をする代理人についてみるべきと思う。
また,「要素」というのは,日常用語の感覚からは理解しがたいものであるが,「重要な部分」という 趣旨である。その錯誤がなかったら表意者は意思表示しなかったであろうし,一般人からみてもそうい える場合,とされる。表意者及び一般人の立場からみてともに重要な場合,と考えればよい。本件では, 地価上昇の期待により買い受けたものであり,要素の要件を満たすものと思う。この点については,要 素の定義には争いがないから,それほどスペースを割かなくて良いと思う。
なお,表意者の重過失については,問題文にこれをうかがわせるような記述がないから,とくにふれ なくてよいと思う。
3 九五条の効果の検討
条文上は無効である。内心の意思がなければ意思表示の効果はない,という意思主義理論に基づく。 無効の意思表示は,最初から効力を発せず(一一九条),まただれからでも無効を主張できると解されて いる。
ところで,本件では錯誤をしたのはCであり,そのCが契約の有効を前提とした所有権移転登記手続 請求をしているのである。錯誤無効は表意者保護のためのものと解すべきであり,相手方に錯誤をした 表意者の意思を無視して契約を破棄することを認めるのは妥当ではない(禁反言)から,相手方からの錯 誤無効の主張はできないと解すべきである。
したがって,錯誤により契約の効力が否定されることはない。 結論的には,表見代理のところで,正当事由や善意無過失が認められるか否かで決まる。
四 おわりに
設例を示す問題に対処するためには,どの条文が具体的にどういう場合に適用されるかを意識して学 習する必要がある。民集を読むのが一番よいが,論点ごとに全部読むのは時間的に無理であろうから, 判例の事案を要領よく解説した評釈でもよいし,四宮和夫「民法総則」(弘文堂)のように,体系書でも判 例の事案をかなり紹介するものがあるから,そういう記述に注意するとよい。本問では一一〇条と一一 二条の複合適用など,特に具体例に注意してほしい。また,ひとつの事実に対して色々な箇所の条文が 問題になる場合も多い(九五条と五七〇条など)から,この点にも注意が必要である。