司法試験の勉強会

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民事執行法 事例問題1

一 X の Y に対する貸金返還請求訴訟において,訴訟外で,Y は,X に対し債務の履行を確約し訴の 取下を懇請したので,XY 間に訴の取下の合意が成立し,これに基づき X は,Y の同意を得て訴を 取下げた。しかし,右の合意は,Y が,真実は債務を履行する意思がないにもかかわらず,X に 訴を取下げさせるため X を欺罔して錯誤に陥らせた結果成立したものであり,Y は,まったく債 務を履行しようとしない。X は,前記の訴取下の効力を争うことができるか。

 

 一 はじめに

X の訴取下に先だってなされた XY 間の訴取下の合意は,Y が,X に訴を取下げさせるために,X を欺罔し錯誤に陥らせた結果成立したものである。Xの訴取下は,この合意に基づいてなされた。したがっ て,X は,錯誤に陥った状態で訴を取下げた。そこで,訴取下の意思表示に瑕疵があることを理由に,X は訴取下の効力を争うことができるか否かが問題となる。訴取下の効力を否定する理由づけとしては, 二通り考えられるので,以下検討する。


民法を類推適用する考え方


民訴法は,訴訟上の瑕疵ある意思表示の効力について,何ら規定していない。
他方,実体法である民法は,瑕疵ある意思表示の効力について規定している(九六条)。
そこで,これを類推適用する説がある。
実体法上の法律関係において,ある法律行為が無効であったり,取消されたりしても,これによって 影響の及ぶ範囲は,限定されるのが原則である。
これに対して,手続法上の法律関係における行為は, 通常,他の行為を前提としており,また,当該行為自体も他の行為の前提になっている。
したがって, ある行為の効力が否定されると,それ以後の手続全体に影響が生じることになる。そこで,一般的には, 実体法上の原則をそのまま訴訟行為に持込むのは妥当でない。
しかし,訴の取下は,訴訟手続を終了さ せるから,それ以後の手続の積み重ねを考慮する必要はない。
このように考えてくると,訴取下の場合 には,例外的に民法の規定を類推適用して訴取下の取消の主張を許すベきである(最判昭四四・九・一八 民集二三・九・一六七五参照)。
民法類推適用説は以上のとおりであるが,この考え方に対しては,第一に,訴の取下は,訴訟上の和 解や執行受諾の意思表示と異なり,典型的な訴訟行為であるから,これについてまで民法の原則を持込 むのはゆきすぎであるという反論がある。
この反論に対してはさらに,訴取下行為が単独で行われるこ とは通常ありえず,これには何らかの対価的行為が伴うのが社会常識である。
本件においても,X とし ては,Y が債務の履行を確約したため,訴訟をこのまま遂行する以上のメリットを見越して訴を取下げ た。
したがって,XY 間の一連の行為を全体としてみれば,実質的には和解と同視することができるか ら,右の反論には理由がないという再反論がある。
民法類推適用説に対する第二の反論としては,訴取下以後,手続の積み重ねはないが,一旦裁判所が 関与して当該訴訟を終了させた以上,これを安易に覆すと,訴訟手続それ自体の安定性が害され,ひい ては,訴訟制度に対する国民の信頼が失われる,というものがある。
これに対してはさらに,訴取下に 際して裁判所に,訴取下の意思表示に瑕疵があるか否かについて調査することを期待するのは,裁判所 に過大な負担をかけることになり,実際上も不可能であり,裁判所が関与したことを重視するのは不当 であるという再反論がある。


三 再審事由を類推する考え方


この考え方は,訴訟手続の安定の必要性を十分認めたうえで,刑事上罰すべき他人の行為によってな された訴訟行為は,再審事由を規定した民訴法四二〇条一項五号を類推適用し,なおかつ,同条二項の 要件がなくとも,その効果を否定することを認める。
同条の定める事由のある訴訟行為に基づいてなさ れた判決に対しては,判決確定後も再審の訴を起こせるのに,判決によらずに訴訟が終了した場合には, 争う機会を奪ってしまうのは不当であり,新期日の申立を認めて,当該訴訟内において,争う機会を与 えるべきであるというのが理由づけである(最判昭四六・六・二五民集二五・四・六四〇)。
この再審事由類推説に対しては,第一に,瑕疵ある意思表示について,刑事上罰すべき行為があった か否かを基準とすることは,民事法と刑事法を混同することにならないか,第二に,錯誤の場合,可罰 的でないために救済されないとすると,意思表示の瑕疵の場合が救済されるのと比べて不当ではないか等の疑問が投げかけられている。