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【ゼロから始める法学ガチ解説シリーズ】表現の手段・態様を規制する立法の違憲審査基準についてわかりやすく解説【憲法】

表現の手段・態様を規制する立法の違憲審査基準について論ぜよ

 

第1 はじめに

   今回は,憲法ガチ解説シリーズの初回なので,まず,憲法全般に関する概括的な説明を行い,その後,設問の解説を行う。

 1 憲法の意義について

   形式的意味における憲法とは,憲法という名前で呼ばれる成分の法典をいう。実質的意味における憲法には,二つのものがある。第一は,固有の意味の憲法であり,国家の統治の基本を定めた法をいう。第二は,立憲的意味の憲法であり,専断的な権力を制限して広く国民の権利を保障するという立憲主義に基づく憲法をいう。この立憲主義に基づく憲法は,内容の特定された憲法であり,国家の権力を制限するとともに,国民の自由を守ることを目的とするものである。そのため,この意味での憲法は,第一に,人権の保障をうたい,第二に,権力の制限を可能とする統治機構としての権力の分立を採用することが求められている。

 2 人権及び統治機構の意義について

  ⑴ 人権の意義について

    人権とは,基本的人権や基本権とも呼ばれ,個別的人権を総称する言葉である。人権には,固有性・不可侵性・普遍性といった特徴があり,上述のとおり,憲法の目的は人権を保障する点にある。

  ⑵ 統治機構の意義について

    統治機構とは,国家を統治する仕組み,組織,機関のことをいう。立憲的意味における憲法は,人権の保障に適した統治機構を定めるものであり,統治機構は,人権を保障するための手段として位置付けることができる。

 3 自習について

  ⑴ 参考文献について

    憲法については,網羅的な基本書を一冊読み込み,どの問題にも対応できるようにすることが肝要であり,芦部信喜著,高橋和之補訂『憲法 第七版』(岩波書店・平成31年)を熟読することが望ましい。注意点として,注釈にもかなり重要なことが書いてあることがあるので,この一冊を端から端まで読む必要がある。逆に言えば,この一冊を押さえてしまえば,他の本に手を出す必要は少ない。他に参考文献を挙げるとすれば,判例の事案を理解するという意味で,長谷部恭男,石川健治,宍戸常寿編『憲法判例百選Ⅰ 第7版』『憲判例百選Ⅱ 第7版』(有斐閣・令和元年)の「事実の概要」の部分を読むことが考えられる。ただし,解説部分を読むことは費用対効果が低いのでお勧めしない。

  ⑵ 学習方法について

    統治機構であれ,人権であれ,一行問題を解くに際しては,当該概念の定義,趣旨,関連分野等を説明する必要がある。そのため,例えば,基本書の目次を見て,その部分にどのような内容が記載されていたのか思い出しながら学習することが有用である。

    まずは,前記芦部憲法に記載された判例について,単語カードなどを使って,規範を覚えてしまうことが考えられる。そして,判例の事案を想起できるように,前記百選の「事実の概要」の部分を読むことが望ましい。次に,判例がない事例問題の場合(又は判例の規範を忘れてしまった場合),違憲審査基準の定立,あてはめ,という流れを意識しながら答案を起案することが必須であるので,過去問を解きながら,答案の書き方を学ぶ必要がある。

    そして,答案を作成して初めて問題点に気付くことが多いので,答案を作成することは強く推奨する。その際,ナンバリングを付けることや条文を丁寧に引用することといった,法律学の答案の作法も意識できるとなお良い。

第2 設問の解説

1 人権の事例問題の答案の流れについて

  当然,問題にもよるのであるが,人権の事例問題は,以下の流れに従って答案を作成することが求められる。

  ⑴ 憲法上の保障の存在

    憲法上の問題となるためには,当該権利が憲法上保障されている必要がある。そのため,答案でも,まず,どのような権利を問題にしているのか,そしてその権利が憲法上のどの条項によって保障されているのかを明らかにする必要がある。

  ⑵ 制約の存在

    次に,法律等の違憲性が問題になるためには,その法律等が,当該権利を制約するものでなくてはならないので,なぜその権利が制約されているのかを検討する必要がある。

  ⑶ 違憲審査基準の定立

    上記のとおり,憲法上保障された権利が制約されていたとしても,多くの場合には,当該権利は,全ての人権に論理必然的に内在する,人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理(一元的内在制約説を前提とする。)である「公共の福祉」(憲法13条,22条1項)の制約に服することになる。そこで,当該法律等の違憲審査基準が問題になる。

    そして,この違憲審査基準の定立に当たっては,主に,①権利の重要性,②制約の程度を考慮する必要がある。①の権利の重要性について見れば,例えば,精神的自由であるか経済的自由であるか,自己実現の価値及び自己統治の価値を有するか否か等の検討を要する。そして,権利が重要であれば,違憲審査基準は厳格な方向に傾く。次に,②の制約の程度について見れば,例えば,当該権利を直接的に制約するものであるか否か,刑罰をもって当該権利を制約するものであるか否か,処分等に先立って行政指導等が予定されているか否か等を検討することになる。そして,制約の程度が大きければ,違憲審査基準は厳格な方向に傾く(なお,権利の重要性は⑴で,制約の程度は⑵で論じていることと重なる部分もあり,どの程度の分量を記載するかは問題によるというほかない。)。

    さらに,事案にもよるが,③目的二分論,立法裁量等を検討することもある。例えば,経済的自由を制約する立法については,その立法が消極目的であるのか積極目的であるのかによって,厳格な司法審査を行うべきであるか否かが変わることになる。また,立法裁量が認められる人権については,厳格な司法審査を行うべきではないことになる。

    以上の検討を経て,当該事案に応じた違憲審査基準を定立することになる。違憲審査基準については,さしあたり,厳格な順に以下の3つのものが考えられる。①まずは厳格な基準であり,ⅰ目的が必要不可欠なやむにやまれぬ利益で,ⅱ手段としてその目的を達成するための必要最小限のものにとどまる場合に限り合憲とするものである。②次が厳格な合理性の基準であり,ⅰ目的が重要で,ⅱ手段として目的と実質的な関連性を有する場合に限り合憲とするものである。③最後が合理性の基準であり,ⅰ目的が正当であり,ⅱ目的と手段との間に合理的関連性がある場合に限り合憲とするものである(ただし,文言等は,文献により異なる。)。

  ⑷ あてはめ

    最後に,当該法律等について,⑶で定立した違憲審査基準に対するあてはめを行うことになる。この際には,ⅰ目的,ⅱ手段の二つの観点から,合憲性を検討することになるので,その構造が分かるように,項目を分けるなどして検討することが望ましい。また,当然ながら,自身が選択した審査基準の厳格さの度合いを意識しながら,あてはめを行う必要がある。

  ⑸ 注意点

   ア 上記の流れは,主に,法令違憲について論じる場合に問題になるものである。処分違憲等が問題になる事案もあるため,事案に応じて,工夫をする必要がある。

   イ 問題によって,上記の⑴~⑷のどこが重要であるか否かは異なる。そのため,どの点が重要であるかを考えて,メリハリをつけて答案を作成することが必須である。例えば,外国人や法人の人権が問題になる場合には,⑴の重要性は増すことになる。

   ウ 自身で定立した違憲審査基準を用いるのは,判例や有力な違憲審査基準がない事案である。判例等を容易に想起できる事案に関しては,(その立場に従うのであれば)⑶で当該規範を用いることになる。なお,判例等が存在しても,判例等を批判した上で,別の規範を用いるということも一応は考えられる。

2 本問の解説

⑴  権利の保障及び制約の存在について

表現の自由憲法(以下法名略)21条1項によって保障される。そして,表現の手段及び態様を規制する法律により,当該手段及び態様による表現活動をすることができなくなるので,表現の自由に対する制約が存在するといえる。

⑵  違憲審査基準の定立について

 もっとも,表現の自由といえども絶対無制約ではなく,他者の人権との矛盾・衝突を解消するための調整原理である「公共の福祉」(13条)による必要最小限度の制約に服する。そこで,いかなる制約が違憲とされるべきか,表現の自由を制約する規制立法の違憲審査基準のあり方が問題となる。

ア 権利の重要性について

     この点,表現の自由は,個人が言論活動を通じて自己の人格を発展させるという個人的な価値(自己実現の価値)と言論活動によって国民が政治的意思決定に関与するという民主政に資する社会的な価値(自己統治の価値)を有する重要な権利であり,可能な限り保障されるべきである。また,表現の自由をはじめとする精神的自由は,民主政の過程が正常に機能しなくなると回復することが困難ないわば傷つきやすい人権であり,他方で,経済的自由は,一旦侵害されたとしても,民主政の過程が正常に機能している以上,回復することが可能な人権である。また,経済的自由を実質的に確保していくためには,経済や産業といった各分野について専門的知見を有する立法府の判断をできる限り尊重するべきといえるのに対し,表現の自由において,立法府の判断を尊重すべき必要性は相対的に低い。

     したがって,精神的自由に対する規制立法の違憲審査基準は,経済的自由に対する規制立法の違憲審査基準よりも厳しいものになるべきである。

   イ 制約の程度について

この点,特定の政党を支持する言論を禁止したり,政府を批判する言論を禁止したりするなど,表現が伝達するメッセージを理由に制限するいわゆる表現内容規制は,特定の表現をいわばねらい打ちにするものであり,多様な表現を認めて民主政の過程を確保するという表現の自由が持つ上記社会的価値を正面から損なう規制といえる。

これに対し,深夜に騒音を発生する表現を禁止したり,美観を損なうようなビラ貼りを伴う表現を禁止したりするなど,表現が伝達するメッセージの内容や伝達効果に直接関係なく,表現の手段・態様を制限する規制は,特定の表現を手段・態様を問わずに禁止するわけではない。表現の手段・態様を変えれば,同様の表現内容を表現することが可能であり,多様な表現を確保して民主政の過程を確保するという表現の自由が持つ上記社会的価値との矛盾・抵触は比較的少ない。

     したがって,表現の手段・態様を規制する立法の違憲審査基準は,表現内容を規制する立法の違憲審査基準に比べれば若干緩やかな基準を用いるべきだと考える。

ウ 結語

以上のとおり,表現の手段・態様を規制する立法の違憲審査基準は,経済的自由を規制する立法の違憲審査基準よりは厳格な基準によるべきだが,表現内容を規制する立法の違憲審査基準よりも緩やかな基準によるべきであると解される。

     具体的には,規制立法の目的が重要であり,その立法目的を達成するため規制の程度のより少ない手段(less restrictive alternatives)が存在しない場合にのみ合憲とする違憲審査基準(LRAの基準)によると解すべきである。