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【ゼロから始める法学ガチ解説シリーズ】同時履行の抗弁権についてわかりやすく解説

一 緒論

 このように,制度やある概念について一般的に述べよと問う問題では,関連することがいくらでもあ るので,何をどれだけ書くかの取捨選択に悩まれると思う。そこで,書くべきことを選ぶための視点を 考えながら解説を試みたい。
 まず書くべきこととして考えられるのは,条文(譲渡担保のように,否定するような条文があったり直 接認める条文がなければ,その旨を書けばよい。),概念等の定義,制度の趣旨などである。条文は法源 であるから指摘するのが当然であるし,制度趣旨は解釈論に最も大きな手掛かりを与えるものであるか ら重要である。本問についていえば,基本条文は五三三条であり,趣旨は契約当事者間の公平確保,相 互の履行の担保である。同時履行の抗弁の定義は,これからその内容についてくわしく書くから,冒頭 であえて述べなくてもよいであろう。さらに,五三三条を準用している条文があるが(解除の五四八条な ど),あくまで基本は五三三条なのであるから,時間とスペースに限りがあることを考えると,そのほか の条文は付随的に指摘すれば足りると思う。

二 本論

1 はじめに

 同時履行抗弁の内容,五三三条をめぐる解釈論にはいる。いろいろな論点があるが,結論につき判例, 有力説同士の対立があるものを最優先に考え,あと判例があるか,各種の教科書で頁数を割いて論じて いるか,などを考慮して書くべき論点を選択するとよい。各論点を整理するためには,「効果」と「要 件」に関するものに分けるのがよいと思う。民法は,これこれの効果(例えば,代金などの請求ができる) を認めるためにこれこれの要件を定めるという要件効果の体系だからである。

2 要件論

(一) どのような債権と債権とが同時履行の関係に立つか。  
条文上は,双務契約とあるだけである。双務契約とは,契約の効果として双方の当事者が対価的意義 を有する債務を負担するものをいう。売買契約,賃貸借契約,等がその例である。  
ところが,ひとつの双務契約からは,いくつもの債務が発生する。たとえば,賃貸借契約では,賃貸 人は目的物の引渡義務のほか,修繕義務,造作買取請求権が行使されればその代金債務等を負う。条文 上,ある債務が先に履行されることが明らかならそれに従えばよいが,そのような定めがなくても,す べての債務が同時履行関係に立つものではないと解される。付随的な債務の履行まで提供しなければ, 自己の債権についての履行請求が拒まれるとか相手の不履行が違法とならないのは不公平だからである。 次に,判例に現れたいくつかの例にふれる。  
不動産売買契約では,登記協力義務と代金支払が同時履行関係に立ち,登記申請をすれば,引渡をし なくても同時履行抗弁はなくなると解すべきである。公示制度のある物では,権利の確保のためにもっとも重要なものは公示であってこれを最優先に確保すべきであり,またそれ以上に引渡の提供までしな ければ代金をもらえないというのも売主に酷だからである。  借地,借家関係では,借地法上の建物買取請求権が行使された場合の代金債権と建物は勿論,土地の 明渡は同時履行関係に立つ。しかし,借家法五条の造作買取請求権が行使された場合,造作の引渡と代 金債権が同時履行関係に立つことは問題がないが,判例では建物自体と代金は同時履行関係に立たない。 形式的には家屋売買の代金ではないし,造作の代金のために家屋全体を引き渡さなくてよいというのは 公平でないからである。しかし,賃借人は弱い立場にあることが多いから,その保護のために同時履行 抗弁を認めるのが公平であるとの反対説も強い。敷金返還債務と賃借目的物の明渡,引渡義務も,判例 では明渡,引渡が先履行とされた。目的物の価格と敷金との差がある場合が多く,このような場合同時 履行抗弁を認めるのは公平を欠くこと,賃借人保護といっても,居住の保護に重点があるので,賃貸借 終了後(とくに債務不履行による解除の場合)まで賃借人の保護を強調するのは妥当でないこと,等によ る。これに反し,やはり賃借人保護の見地から敷金返還債権の確保を重視し,同時履行抗弁を認める説 も多い。なお,この論点に付随して,敷金返還債権の発生時期の問題があり,判例は明渡時説であると いうが,明渡と同時に敷金返還債権が発生するといえば同時履行抗弁を認めることもできるから,敷金 返還債権の発生時期の問題と同時履行抗弁の問題は同じではないというべきである(ただし,本問ではほ かに書くことが多いから,この議論まではしなくてよいであろう。)。以上の問題は,判例上決着はつい ているが,後二者は学説上の論争が多いから,両説ふれてほしい。反対説に賛成してもいっこうにさし つかえない。

(二) 同時履行抗弁がなくなる場合

 条文上はふたつある。  一つは,自己の債務の弁済の提供をした場合。これがあれば,履行の確保の要求がみたされるからで ある。
 参考のためにふれると,双務契約の場合,自己の債務について弁済の提供をするということは,自己 の債務について債務不履行の責を免れるという防御的な側面(四九二条)と,相手方の同時履行抗弁を奪っ て自己の債権の履行請求を可能とする攻撃的な側面と,両方の意味をもつのである。  ただし,提供の時期が問題である。本来の給付の履行を請求する場合,請求する者が前に一旦弁済の 提供をし,受領を拒絶されたとき,拒絶した者の同時履行抗弁はなくなるか。契約を解除するとき,解 除する者が前に一旦提供し受領を拒絶された場合,それで相手方の同時履行抗弁はなくなりあらためて 提供しなくても解除は有効か。  前者については,履行を拒むことができると解される。これは,特に提供した者があとで無資力に なった場合に鑑み,債務者を保護するためである。後者については,再度の提供は不要と解すべきであ る。というのは,解除する者としては自分のするべきことをしたのであり,他方相手は自己の債務を履 行しない以上,同時履行抗弁権がないという方が公平だからである。以上は判例の結論であるが,判例 は矛盾でも何でもなく,同時履行抗弁の効果はいろいろあるから,各利益状況に応じて妥当な解釈をし たにすぎない。
 なお,参考までにふれると,文献の中には,判例は「提供が継続されないかぎり同時履行の抗弁権は なくならない」としている,と紹介するものがあるが,このように一般化するのは不正確である。また, 細かいことではあるが,提供の「継続」は必要でなく,履行請求時に改めて提供するだけで足りるとい うのが判例の真意であろう。まして,その判例として最判昭三四・五・一四民集一三・五・六〇九をあげるのは余計に不正確である。なぜなら,この事案では売買代金請求につき,売買目的物の引渡が完了 したと認定されていて,そもそも同時履行抗弁は問題になりえず,同時履行抗弁の継続をいう部分は傍 論だからである。  
その二は,五三三条但書にあるとおり,相手方(同時履行抗弁を主張する者からみて)の債務が弁済期 にないとき(自己の債務が先履行の場合)で,当然である。一般には同時履行関係にある債権間でも,特 約で一方を先履行とすることができる。なお,売買契約では一定の場合代金債務と目的物引渡債務との 履行期を同時と推定している(五七三条)。  ほか,債務者が履行しない意思を明らかにしている場合にも,その債務者に同時履行抗弁を認めるの は公平を欠くから,同時履行抗弁はなく,相手方は自己の債務の提供をしないで解除が可能というべき である。

3 効果

条文上は,「履行を拒むことを得」とある。  債務の履行請求では,文字どおり拒むことができる。しかし,訴訟上は請求棄却でなく,反対給付と 引き換えに履行せよとの判決をする。これは,請求権があり履行が求められているのに棄却するのは不 当だからである。請求を拒むなら,その旨の主張が必要と解する。被告が拒まないなら,その意思を無 視する必要はないから,請求を認容できる。
 また,債務不履行の責は負わない。契約の解除や債務不履行による損害賠償請求はできない。これは, 履行を拒むことができる以上,債務不履行があっても,それが違法とは当然にはいえないからである。  さらに,債務者が同時履行抗弁を主張できる場合,この債権を自働債権とする相殺はできない。これ は,相殺は債権の実現と同じ効果をもたらしこれを認めると相手が履行を拒むことができるという権利 を一方的に奪うことになるからである。

4 五三三条の準用,類推適用

双務契約以外でも,ふたつの債権の間に対価的な牽連関係があり,同時履行関係を認めるのが公平と いうので,明文または解釈上同時履行関係が認められる場合がある。  明文では解除の五四八条,請負の六三四条,仮登記担保契約に関する法律三条等がある。解釈上は双 務契約取消の場合の原状回復義務(ただし,詐欺をしたような者にまで同時履行の抗弁を認めるべきかは 疑問),譲渡担保の清算金支払義務と債務者の目的物引渡義務などである。