司法試験の勉強会

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教唆と幇助の錯誤について解説

一 甲は乙に対し,A を殴るようにそそのかした。ところが,乙は既に A を脅かして A に対する恨みを晴らそうと考えていたところから,甲の言葉にいよいよ力を得た。そこで,その機会をねらっていた乙は,ある日,川に沿って歩いて来る A を脅かす意思で,その数歩手前をねらって石を投げ,目標通り,石を落下させた。そのため,驚いた A は足をすべらせ,川に転げ落ちてしまい,その際,川の水を吸い込んだ。その結果,A は下痢を起こした。
甲,乙の刑事責任について説明せよ。

 

 

  一 乙の刑事責任

暴行罪における「暴行」とは,人の身体に加えられた有形力の行使であれば足り,その有形力が人の身体に命中することを要しないから,人の数歩手前をねらった投石も,暴行罪における「暴行」にあたる(東京高判昭和 25 年6月 10 日刑集三巻二二二頁)。
したがって,乙の行為は,暴行の意思で暴行の実行行為をなしたものといえる。
ところで,乙の右行為により,A は驚いて足をすべらせ,川に転落し,川の水を吸い込み,下痢を起こしたというのであるが,下痢という症状は,傷害罪における「傷害」の概念につき,生理的機能障害説身体完全性侵害説のいずれの立場に立ったとしても,「傷害」にあたるから,この「傷害」という結果につき,乙に責任を問いうるか否かが問題となる。
そこで,まず,乙の行為と A の下痢という結果発生との間に因果関係が認められるか否かを検討すると,乙の行為と A の下痢という結果の間に,驚いて足をすべらせ川に転落して川の水を吸い込むというAの行為が介入している点及び川の水を吸い込んだことと下痢を起こしたことの間の因果関係の有無が問題となる。
川に沿って歩いている人に対して投石した場合,その人が驚いて足をすべらせ,川に転落し,川の水を吸い込むということ及び川の水を吸い込んだ場合下痢を起こすことは,社会通念上一般に予測しうるものであるから,右両点につき,相当因果関係説の立場からも因果関係が認められ,結局,乙の行為と A の下痢との間には因果関係があるものといえる。
傷害罪は,暴行罪の結果的加重犯であるから,傷害という結果の発生を意図していたことは不要であるが,その結果の発生につき予見可能性があったことを要するか否かについては,争いがある。
本問の場合,乙に予見可能性があったものといえるから,いずれの立場に立つとしても,乙に対し,結果的加重犯の責任を問いうることになる。 したがって,乙は,暴行の意思で暴行の実行行為をなしたところ,傷害の結果を生ぜしめたものとして,暴行罪の結果的加重犯である傷害罪の責任を負う。

  二 甲の刑事責任

甲は,暴行の教唆の意思で,乙をそそのかしたところ,乙が既に暴行の意思を抱いていたため,乙が 暴行をなすにつき精神的に幇助する結果となったというものであるから,まず,共犯諸形式相互間(教唆と幇助)の錯誤が問題となる。
共犯独立性説によれば,教唆行為自体が独立の実行行為にあたるのであるから,教唆行為をなしたが教唆結果が発生しなかった点につき,教唆未遂を考えることになろうが,共犯従属性説の立場からは,教唆の未遂ということは考えられないのであるから,結局,教唆或いは幇助の方法は類型化されていないことを理由として,甲のなした教唆のための行為が精神的幇助の方法と符合したものとして,教唆の意思で幇助の行為をなしたものとみなし,軽い方の幇助が成立するものと考えることになる。
なお,甲は殴るという暴行をそそのかしたのに対し,乙は投石するという暴行をなしたという点で食い違いがあるが,暴行の具体的態様を異にするのみで暴行罪という同じ構成要件に該当する以上,この点について錯誤の問題は生じない。
そこで,乙の暴行により生じた傷害の結果につき,甲にも責任を問いうるか否かを検討すると,基本犯と重い結果の間に因果関係があれば足りるという判例の立場に立てば無論,重い結果の発生についての行為者の予見可能性を要するという立場に立ったとしても,乙に対し殴るという暴行をそそのかした甲にとって,乙の行為により,何らかの傷害の結果が生じることは充分予想し得たものといえるから,甲も傷害の結果について責任を負うことになる。
したがって,甲は傷害罪の幇助の責任を負う。