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実行の着手とは?窃盗罪を例に徹底解説

問題の所在

犯罪は,一般に,準備行為(予備)→実行の着手→実行の完了→結果の発生という具合に発展すること になるが,「犯罪ノ実行ニ著手シ之ヲ遂ゲザル」(刑法四三条)場合には未遂犯となり,各本条に未遂犯処 罰規定が存する限り(重罪には一般に処罰規定がある)処罰されることになる(四四条)。これに対して予備 は,未遂犯のような総則規定がなく,殺人罪・強盗罪等特に重い犯罪につき例外的に処罰規定が存する のみで,原則として不可罰とされている。
それ故,未遂と予備とを区別する必要があり,その区別のメ ルクマールとして「実行の着手」という概念が機能することになる。

実行の着手とは

実行の着手の概念をいかに理解するかに関しては,主観説と客観説の対立がある。

主観説

犯罪の処罰根拠を犯人の危険な性格という主観面に求める新派刑法学を基盤とする考え方である。主観説を純粋に押し進めると犯意の成立のみで犯人を処罰し得ることにもなり得ようが,それは明らかに 「実行の着手」を要求する刑法四三条の文言に反することになる。そこで主観説は,実行の着手に犯意 の徴表としての意味を与え,「犯意の成立が,その遂行的行為により確定的に認められるとき」(牧野),あるいは「犯意の飛躍的表動があったとき」(宮本)などに実行の着手があるとする。

客観説

犯罪の処罰根拠を行為の法益侵害性や不当性などの客観面に求める立場に基づく考え方である。客観 説は,さらに,形式的客観説と実質的客観説とに分けられる。

形式的客観説

基本的構成要件に該当する行為を開始することが実行の着手であるとする。窃盗罪でいえば,他人の 財物を「窃取する」行為を開始したときに実行の着手があることになる。判例は,処罰範囲が狭くなり すぎることを考慮してか,構成要件該当行為と「直接密接する行為」の開始にまで実行の着手を拡大し ているが,これに対しては「実行」の観念を不当にゆがめるとの批判がある。むしろ,密接行為とされ ているもの(例えば,後述の住居侵入窃盗における物色行為など)を全体としてみて構成要件の内容をな すものと解する方が理論的ではなかろうか(団藤綱要三三〇頁参照)。

実質的客観説

犯罪結果実現の現実的危険性を有する行為を開始することが実行の着手であるとする。経験上,その 行為をとれば通常は結果の発生に至るような実質的危険性があるか否かが問題とされる。結果の発生に 至っていない未遂犯が既遂犯と同じように処罰されるのは,実行の着手によって犯罪結果実現の危険性 を生ぜしめたことが可罰的と評価されるからである。そこで,かかる危険性の観点から実行の着手の概 念を実質的に規定するのである。

検討

まず,主観説は,行為者の主観面を重視するといいながら,「遂行的行為」なる行為の観念を持ち込 まざるを得ない点において理論的な破綻があるし,なによりもそのよって立つ主観主義の刑法理論が採 用できない。 そして,構成要件論に準拠するかぎり,実行の着手を構成要件該当行為の開始とする形式的客観説に よるのが理論的であろう。
ただこの考え方によれば,何が構成要件に該当する行為なのかということが 問題となり,それは個々の構成要件ごとに具体的に決するほかはない。
そして,その際には,未遂犯の 実質的処罰根拠が結果発生の危険性を生じさせたことにある以上,未遂犯として処罰に値するだけの危 険性のある行為か否かという観点から実質的に考慮する必要がある。その意味では,形式的客観説と実 質的客観説とは,対立するものというよりも相互に補い合うものといえよう。

窃盗罪における実行の着手

では,以上の一般論を窃盗罪の場合にあてはめるとどうか。判例をみてみよう。
まず,住居侵入窃盗の場合には,住居に侵入しただけでは着手ありとはいえないが,目的物の物色を 始めれば着手を認めるというのがほぼ確定した判例といえよう。
例えば,最判二三・四・一七は,食料 品窃取の目的で住居に侵入し,懐中電灯で照らすなどの物色中に逮捕された事案につき実行の着手を認 めている。
形式的には,物色行為を窃盗罪の構成要件該当行為に「密接する行為」として評価している わけだが,実質的には,どの段階で窃盗罪の結果実現の現実的危険性が生ずるかという点が考慮されて いるといえよう。
なお,窃盗目的での土蔵への侵入につき,財物のみがあって人が住んでいないという 土蔵の性格から,物色を始めるまでもなく,侵入行為と同時に窃盗罪の着手があったとする判例(名古屋 高判二五・一一・一四)がある点に留意を要する。
次に,いわゆる「すり」の事案については,被害者のズボンのポケットから現金をすり取ろうとして ポケットの外側に触れた段階で実行の着手があったとする判例(最判二九・五・六)がある。 結局のところ,個々の事案における犯行態様等の具体的事情に照らし,結果実現の危険性という実質 的判断を背景としつつ,何が窃盗罪の構成要件に該当する行為なのか(あるいはこれに密接する行為なの か)を検討する必要がある。

 

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