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契約締結上の過失とは?具体例をあげて解説

一 「契約締結上の過失」理論


特定の家屋の売買契約が締結された前日に,その家屋が焼失していた場合を考えてみる。
既に焼失した建物の売買契約は原始的不能によって無効とされる。しかし,建物が現存すると信じた買主は,これによって契約費用等の損害を受けるであろう。
もし,売主の側に,かかる無効な契約を締結させるについて何らかの責めに帰すべき事由が存在するとすれば,売主は買主の損害を賠償すべきで はなかろうか。
この責任を認めようとする理論が,契約締結上の過失理論である。 


二 「契約締結上の過失」責任の性質


もし,前記の場合において,売主が焼失を知りながら故意に隠して契約を締結するに至ったとすれば, 詐欺を構成することとなり,不法行為による損害賠償を認めることができる。
よく注意すべきであるにもかかわらずこれを怠ったため契約を締結するに至った場合にも過失による場合として同様の結論を導くことが可能であろう。
しかしながら,社会に生存する無数の人の中から,特に相手方を選んで契約関係に入ろうとする以上, 相手方に対して,社会の一般人に対する責任(すなわち不法行為上の責任)よりも一層強度の責任を課されることも当然であるというべきである。すなわち,各人は,契約を締結するにあたっても,特に注意して,無効な契約を締結することによって相手方に不慮の損害を被らせることのないようにする信義則上の義務があるのである。
したがって,この理論によると,売主の責任を契約責任として構成すべきことになる。
これによれば, 立証責任の分配は,不法行為の場合と逆となり,責めに帰すべきでない事由の存在の立証責任が売主側にあることになるし,不法行為なら使用者責任の規定(民法七一五条)が適用されるのに対し,契約責任 であれば履行補助者の理論の援用が可能となり,売主の使用人等履行補助者の過失が売主自身の過失と同視されることになる。

 
三 「契約締結上の過失」責任の要件


この責任を認める要件は,
①締結された契約の内容の全部又は一部が客観的に不能であるためにその契約の全部又は一部が不能であること
②給付をなすべき者が,その不能なことを知り又は知り得べきであること
③相手方が善意無過失であること
である。 


四 「契約締結上の過失」理論の適用場面の拡大


この理論は,契約責任の発生を有効な契約締結そのものにのみ求めるのでなく,その前段階をも含む包括的な契約関係全体に求めようとするから,その適用は単に原始的不能による無効の場合に限られず, 他の理由(合意不存在,要式の不備等)による無効や契約不成立の場合,又は契約としては有効に成立した場合,更には準備行為だけあってついに締結に至らなかった場合にも一般に認められることになる。
例えば,素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を締結したところ,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客が損害を被った場合に,契約は有効でも銀行の告知義務が契約による債務の内容でないために契約の債務不履行として銀行の責任を追及することができないとしても,なお,契約における信義則を理由として,その責任を認めるのが相当であろう。
電気器具販売業者が顧客に対して使用方法の指示を誤ったために,後にその品物を買った買主が損害を被ったときも同様である。
最高裁も,マンションの売却予定者が,買受希望者の希望によって設計変更をしたのにもかかわらず売買が不成立になった場合に,買受希望者に対して契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由として損害賠償を請求した事例において,その請求を認容した原審の判断を是認している(最判昭和 59 9・18)。 


五 「契約締結上の過失」による損害賠償の範囲


契約締結上の過失による責任の内容たる損害賠償の範囲は,いずれの場合であっても契約内容である債務の不履行ではないから,いわゆる履行利益(積極的契約利益)ではなく,信頼利益(消極的契約利益)であるとされている。
すなわち,目的物を検分に行った費用,代金支払のために融資を受けた利息,第三者からの有利な申込を拒絶したことによる損害などを含むが,目的物の利用や転売による利益などを含 まない。
もっとも,信頼利益が例外的に多額である場合には,履行利益を限度とすべきであろう。

 

 

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