司法試験の勉強会

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消滅時効の援用とは?事例問題を交えてわかりやすく解説

問 :  貸金債権の弁済期から一〇年が経過したが,債務者が消滅時効の援用を行うことができない場合について論ぜよ。

 

設問では,単に弁済期から一〇年が経過したとされているだけであり,その間に時効中断,停止事由が発生していたかどうかは明らかではない。
しかし,右のような事由が発生していれば時効自体が完成していないのであるから,債務者が時効を援用できないのは当然である。
したがって,以下においては右の事由が存在せず,時効が完成しているのに時効の援用が許されない場合について検討していくこと とする。


時効利益の放棄


債務者は,時効完成後に時効の利益を放棄することができる(民法一四六条)。この場合,いったん時効利益を放棄したあとで時効の援用をすることは許されない。この時効利益の放棄は明示でも黙示でもよいとされている。
なお,時効利益の放棄の法的性質については,時効制度や時効援用の性質に関する議論とからみ,実体法上の問題か,訴訟法上の問題(すなわち,時効利益の放棄とは時効という証拠を援用しないという意思表示だとみる)かが争われているが,どちらの説をとるかにより結論は異ならない。


時効完成後の債務承認


1 時効完成後の債務承認とは,広くは債務者が債務の存在を前提とした行動をとることをいい,狭義の債務承認のほか,弁済及びこれに準ずる行為,債務支払の約定,支払延期の申入れ,和解,示談,強制執行の受忍等がこれに当たる。
このような債務承認行為は,時効利益放棄の意思表示とは異なるが,債務者が時効完成後に債務の存在を認めたという点では同様であるため,承認をした後で時効を援用することは許されないのではないかという問題が生ずる。
2 まず,債務者が時効の完成を知りながら債務承認行為を行った場合,もはや時効援用が許されなくなることについては異論がない。
これは,理屈としては黙示の時効利益の放棄として説明できる場合が多いであろう。
一方,債務者が時効完成を知らないで債務承認行為を行った場合については若干争いがあり,学説上は援用を許さないとする説が多数説であるが,援用を認める説もある。
これに対し,判例はかつて, 援用が許されないのは債務者が時効完成を知っていた場合に限るとした上で,「債務承認行為があったときには時効完成を知っていたものと推定する。」というテクニックを用い,実質上,援用を許さないのと殆ど同様の結論を引き出していたが,最判昭和41・4・20でこの考え方を改め,「時効完成後に債務を承認した場合には,債務者が時効完成を知っていたか否かを問わず時効援用を認めないものとするのが信義則上相当である。」との考え方を示した。
この点をどう考えるかは, 時効制度そのものの評価にもかかわる問題であるが,債務承認行為という時効完成とは矛盾した行動をとっている債務者にまで時効による保護を与える必要はないのではなかろうか。
したがって,時効完成を知らずに債務承認行為を行った場合でも,もはや時効の援用は許されないものと考えるべきであろう。
そして,右のことを説明する理屈としては,時効完成後の債務承認行為が信義則上の援用権喪失事由になると考えればよいと思われる。
3最後に,関連する問題点について若干触れておく。
その一つは,債務承認行為について処分の能力や権限を要するか,という問題であり,この点については必要説,不要説の争いがある。
もう一つは,債務承認後に再び時効期間が経過した場合に時効の援用が許されるかという問題である。

この点については,最判昭和45・5・21が,再度完成した時効の援用を認め ている(本来の時効利益の放棄の場合についても右最判が適用されるかどうかについては学説上争いがある)。

信義則上時効の援用が許されない場合


時効完成後の債務承認が信義則の一適用場面であることは既に指摘したとおりであるが,右の場合に限らず,時効の援用が信義則上許されない(或いは援用権の濫用であるとされる)場合もありうる。

どのようなケースがこれに当たるかは,個々の事案に応じて検討するほかはないが,例えば断措置をとろうとした債権者に対し,債務者が任意の履行をするようなことを述べて中断措置を引き延 ばして時効を完成させ,その後になって従前の態度を翻して時効を援用した場合などが考えられよう(一般論としては,債務者の態度と,債権者に時効中断措置をとることをどの程度期待できたかを比較衡量して判断することになるであろう)。