自己契約の意義
自己契約とは「,同一ノ法律行為ニ付キ其相手方ノ代理人ト為」ることである(民法一〇八条本文前段)。
例えば,甲が乙と契約を締結する際に,甲自身として申込の意思表示をすると同時に,乙を代理して,これに対する承諾の意思表示をする場合である。
甲は,甲自身の利益を守る一方,自分が代理している乙の利益も守らねばならない立場におかれる。このような立場におかれれば,人は通常,自己の利益を, 本人である乙の利益に優先させるであろう。
そこで,本人を保護するために,このような場合が生じることを,予め防ごうというのが本条の趣旨である。
本人の利益と,代理人または代表者との利益が相反する場合は他にもあり,民法は,法人とその代表者(五七条),行為無能力者と法定代理人(八二六条等)に ついて,本条と同趣旨の規定をおいている。
一〇八条に違反する行為
一〇八条本文は,「相手方ノ代理人ト為ルコトヲ得ス」と規定する。
そこで,この規定に違反してなされた行為の効力が問題となる。
前述のとおり,本条の趣旨は,本人の利益を保護することにあるから, 本人が不利益を甘受するのであれば,あえて当該行為を問題にする必要はない。
また,本条但書をみれば,本文が自己契約の絶対的な禁止を規定しているものではないことも,明らかである。したがって, 事前に本人が同意を与えていれば,本条は適用されない(事前の同意自体について,一〇八条または九〇条違反になるという問題は別である)。
また,本人が事後に追認した場合も同様に考えられる。このように考えると,本条に違反した行為の効力については,追認の余地のある解釈をとるべきこととなるから,本条は,代理権の制限規定と解し,本条に違反した場合は,無権代理にあたると解すべきことになる。
禁止の拡張と禁止解除の拡張
民法一〇八条の趣旨は,本人と代理人の利益が相反する場合が生じることを防ぎ,本人の利益保護をはかることにあるから,形式的には自己契約にあたらなくても,実質的な利益相反が生じる場合であれば,これを禁止すべきであり(禁止の拡張),逆に,形式的には自己契約にあたる場合でも,実質的な利益相反が生じない場合は,これを禁止すべきでない(禁止解除の拡張)。
前者の例としては,代理人が本 人の代理人を選任し,その者と契約する場合があげられ,後者の例としては,代理人から本人へ贈与する場合があげられる。右と同様の趣旨で,本条但書の「債務ノ履行」の解釈も柔軟にすべきである。